第2話 勇者の代表

 ――俺たちが謎の光に拉致された先は、『セインフォート』と呼ばれる異世界だった。

 この場合の『世界』の定義は住人の知る空間全域となるが、大陸を囲う海の果ても、白と黒の二つの月が浮かぶ空の彼方も、未だ明らかになってないという。故に『セインフォート』と呼ばれる『世界』は、惑星でも宇宙でもなく大陸を指すと考えるのが妥当だろう。


 この世界には、超常の現象である魔法と、その源たる魔力、そして魔力を持つ生物たる魔物が存在している。なお人間も魔力を有し魔法を使えるが、魔物とは呼ばないらしい。

 魔物は古来より人間に牙を剥き、その生命を脅かしてきた。個としての脅威に留まらず、人間という種そのものが滅ぼされそうになったことも一度や二度じゃない。それ故にで争いをする暇も余裕もなく、数百年に渡り『ルージェス王国』が唯一の国家として民と共に君臨している。


 その王家には、民が、国が、人類が危機に瀕した時のための秘術が代々伝えられている。

 それこそが『勇者召喚』。異世界から歴戦の勇士を招くための大規模な儀式魔法――なのだが、


「――申し訳ありませんでした!!」


 そうした経緯と事情を説明した後、金髪碧眼のドレスの少女――アルティエラ・メルガルド・ルージェスは深々と頭を下げて謝罪した。

 ウェーブのかかった金髪を揺らし、幼さの残る美貌を涙に濡らす。泣いて済むような問題じゃないが、泣けば許されるとは思っていないのは彼女の態度でわかる。


 ――結論から言うと、勇者召喚の儀式は失敗した。

 本来なら別の世界から一騎当千の強者が喚び出されるはずが、なぜか普通の高校生である俺たちが召喚されてしまった。伝承に則った儀式には不明瞭な点も多く、なぜそのような失敗が起きてしまったのかまるでわからないらしい。


 一応、召喚の際に特殊な能力――『スキル』と呼ばれる力を与えられ、異世界人であっても魔法を扱うことはできるらしいのだが、だからどうしたという感じだ。力を得たところで精神まで勇壮になれるとは限らないし、そもそも手違いで巻き込まれただけの俺たちがこの世界のために命を張る道理がない。

 故に俺たちは元の世界への送還を要求し――けれどそれはできないと言われた。本来の勇者召喚で呼び出されるのは新天地を求め帰還を望まない者なので、送り返す必要もなく技術も発達していないと。


 何ともいい加減な話だとは思うが、魔法や魔物の存在する異世界ではリスク管理の考え方も日本社会とは違うのかもしれない。許すつもりは毛頭ないが、頭ごなしに非難して浅慮を晒すのは避けたかった。

 今回の勇者召喚の責任者たるお姫様アルティエラの提案は、王国が総力を挙げて帰還の術を探す間、俺たちは授かったスキルや魔法という力について学び、習熟を経てコントロール下に置くというものだった。強大な力やその持ち主を放置して、多大な犠牲が出るような暴走や暴発が起きては困る、というところだろう。


「ふざけんな!! さっさとオレたちを帰しやがれ!!」

「ひっく、うぅ……ママぁ……」

「ぐふふっ、僕の異世界チート無双ライフが始まっちゃうなぁ……!」


 ――という話を紆余曲折ありながらも経た末に、俺たちは完全に統率を失っていた。


 大河原を始めとする自己中心的な馬鹿共は、話を微塵も理解できずに元の世界へ帰せと騒ぎ立てるばかり。気の弱い女子は泣き出し、現実と創作の区別もつかない男子は勝手に盛り上がる。後は呆けて突っ立っているばかりで、俺以外で建設的な話をしようとしている奴は海藤しかいない。


 ……勇者だ何だと持ち上げられていても、その本質はだ。魔法が使えるこの世界の人間に武力で脅されれば、今の俺たちに抗う術などない。おまけに二十八人もの勇者がいるとなれば、見せしめに二人や三人殺したとしても痛手にならない可能性がある。要は、生殺与奪を握られている状態だ。

 今の俺たちに最も必要なのは、力だ。この世界の人間が、真に俺たちの味方である保証はない。少なくとも対等の関係であるためには、それ相応の力が必要になるのは間違いないだろう。鍛えてもらえるというのなら利用しない手はない。


 そんな俺の目論見を台無しにしようとする能無し共を黙らせようとした――その寸前に、


「皆様、どうか落ち着いてください」


 鈴の音のようなアルティエラの声が、空間に染み入るように響き渡った。

 静謐にして清廉な、野次を飛ばすことさえ躊躇われる心地よい音色に、散々喚き散らしていた大河原たちまで黙ってしまう。


「ひとまず、召喚の折に得たスキルを確認してみるのはいかがでしょうか。どのようなスキルを得られたかは天運次第ですが、あるいは皆様にとって大変喜ばしいものであるかもしれません」


 わざとらしく話題を逸らした――が、反抗的な連中が思いの外食いついた様子を見せた。幼稚な男共だけじゃなく、承認欲求ばかり肥大化した女共まで関心を示したのは意外だった。


「あちらの台座に用意した『天稟の心眼』――巨大な球体に手を触れていただければ、その身に宿ったスキルの名称が映し出されます。大半のスキルの詳細は王国こちらで把握していますので、特別希少なスキルでもない限りは扱い方などもレクチャーすることも可能です」


 その言葉に馬鹿共が色めき立つが、あまりにも危機意識がなさすぎる。例えばあの大球が、『触れたら終わり』系の物体だったらどうするつもりなのか。自滅するのは勝手だが、洗脳でもされて俺たちに牙を剥く可能性だってあるというのに。

 ……いや、これはさすがに妄想の域を出ないか。それにさっき俺自身が考えたように、この場で彼女たちの提案を断ることはできない。いずれ必ず通る道である以上、相手の善意を信じるより他にない。


「――おい、芦原ァ」


 そう考えていると、大河原が野太い声を発した。

 名前を呼ばれたのは、相変わらず異臭を放ち遠ざけられているイジメられっ子だ。大河原はニヤニヤと笑いながら大球を指差して、


「オマエ、やってみろよ」

「僕が?」

「決まってんだろ、安全性の確認テストだよ。事故って人死にが出たとしても、オマエなら誰も悲しまないからなァ」

「あー、なるほど」


 などと言って取り巻き連中と笑う馬鹿と、その命令に大人しく従おうとする愚図。

 無能共が勝手に命を張るなら、それに越したことはない。こっちは安心して結果を見届けられる――


「私がやります!」


 ――と、思っていたのに。

 ここでも悪い癖が出たのか、海藤が自ら被験者に名乗りを上げた。その面持ちは緊張の色に染まり、決して興味本位の立候補ではないのが窺える。


 そして彼女の言葉に、日和見を決め込んでいたクラスメイトらが胸を撫で下ろすのを目撃して、嫌悪感が湧き出すのを抑えられなかった。

 我が身可愛さに大河原クズの愚行を見て見ぬフリしておいて、芦原クラスメイトが犠牲になるのは忍びないとでも? 一丁前に罪悪感を覚えているからこそ、海藤だれかの助けが入ることで自分も救われた気になる――そんな性根が気持ち悪くて仕方ない。


 俺は違う。

 守りたいと思ったものは、自分の手でしっかりと守る。そのためにリスクを負うことだって、当然覚悟している。


「――いや、俺が最初にやる」

「えっ、神仙君……?」

「これでも一応、クラスのリーダーだと自負しているからな。堂々としていないと、みんなが不安になるだろ?」


 嘘は言っていない。ここで海藤を盾にすれば、今まで学級委員として築いてきた俺への信頼の大半は失われることだろう。そんなものがこの世界でも役に立つかはわからないが、持っていて損はないはずだ。


 打算を綺麗事で包み隠しながら、集団の中から歩み出る。背後から聞こえた口笛の音は、大河原かその取り巻き辺りが囃したものだろう。

 ……恐怖がないと言えば嘘になる。後悔だって多少はしている。それでも泰然と歩を進められるのは自尊心プライドがあるからだ。有象無象クラスメイトに情けない姿を晒してたまるか、という強気の成せる業だ。


 大球の置かれた台座の前に立ち、小さく息を吐く。

 直径四メートルはあるだろう巨大なそれは、白く濁ったガラス玉のような質感でありながらも、至近にいる俺の姿を正確に映し出していた。本来生じるはずの光の反射による湾曲は一切なく、まるで大球の中にもう一人の俺が囚われているかのように錯覚する。


 手を伸ばす。

 鏡面の向こうにいる己と手を合わせるかのように、大球に手のひらを張りつけた。


「っ!?」


 そして、大球が輝いた。

 強い光に思わず手を離してしまったが、それでも輝きは放たれたままだ。十秒近く続いた発光現象は、やがて大球の内に収束していき、


『これは……!』

『おお、なんと――!』

『さすがは異界の勇者様……!』


 大球に表示された文字列を見て、ローブの連中――勇者召喚の儀式を実行した魔法使いたちが声を上げる。興奮と歓喜に彩られた声を、だ。


 俺も顔を上げて確認する。見慣れぬ文字で綴られていたスキルの名は――

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