第11話 結局、運

「「「香織ちゃーん!」」」

「「「由佳ちゃーん!」」」


「あ、香織ちゃーん!」


 周りのファンに気圧されて一瞬言葉が詰まる。やはりこのプログラムで一層推しと近くなれるのが皆楽しみなんだろう。


 それでも負けじと声を張って呼び掛ける他ない。だって……香織ちゃんと手を繋いでフィニッシュしてみたいんだもん! そう! 人生という名のゴールを!


「香織ちゃああああああん!」


「ゆいゆいいいいいいいい!」


 城戸さんも私と同じくらいの声量で推しに呼び掛けている。お題を手にしたスカッシュメンバーはもう観客席の方に向かってきている。


 ヤバい、祭りだ! この騒動はもうだれにも止めれん!


「香織ちゃあああああん! あああああああ! 香織ちゃあああああん!」


 もう今日は喉が潰れてもいい。だからありったけを! 香織ちゃんを呼ぶ呼ぶ呼ぶぅ!


「香織ちゃん! あ、香織ちゃーん! ヤバい来てる! ヤバいこっち来てるぅ!」


「あの、すみません。えっと……」


「なになに!? なになになになにぃ!?」


 ヤバいヤバい。興奮しすぎて頭どうにかなりそう。え、待って。なんでそんな体操服可愛く着れんの!? 意味分かんないんだけど。


 こっちが騒いでるせいで上手く言い出せそうにないとこめっちゃ可愛い! え、てか目でか! 肌きっれ! これが若さって奴!? あと距離ちっか! こんなん実質握手会じゃん!


「あの、どなたか……帽子を借りさせていただけませんか?」


「帽子! アフロ! アフロヘッドは!?」


「あー……ごめんなさい。帽子じゃないと……」


「くううううー!」


 もっと平凡なのでいいのか! 奇をてらったのが裏目に出るとは! でも大丈夫! バッグの中にはちゃんと帽子が


「帽子あるよ!」

「帽子! 今かぶってる奴あるよー!」


 あーヤバい! 前が……後ろが……他の人がー!


「あ、ありがとうございまあす!」


 あーうわー! やってもーたー!


「あー……」


 残念ながら結果は、遠ざかっていくその小さな背中を大事に噛み締めるように眺めるだけ。


 くっ……一世一代にも等しい機会を……誰とも知れないおばさんの帽子に。こういう負の気持ちになるとつい暴言めいたことを考えてしまう私の業の深さ……。これがその報いか! 運命なのか!


「いいなー彩さん。推しが来てくれて……。私は別の方で借り物貰ってそのままゴールですよ」


「でも……私は無理だったよ。派手めにアピールしたのが裏目に……」


「……まあ、レインボーアフロにバースデーサングラスは……」


 冷静に思えば、今の私はめちゃくちゃ変な格好してる。夢の国でもこんな格好してる人とか絶対いないと思う。エプロンまでしてる私……まるでゲーミングお母ちゃん。


「え、あ……結ちゃああああん!?」


「え……」


 顔を上げると、先ほどゴールに向かって走っていった深見ちゃんが再び物を借りようと走り出してる。


 もしかして、借り物競走ってまだ終わってない……? と、駆け寄ってきてる深見ちゃんの後ろをちらっと見ると、香織ちゃんがまた紙をひらりと広げてるのが見えた。


 え、あるか!? 二度目のチャンス!


「香織ちゃあああああん!」


「ゆいゆい、ゆいゆいぃぃ!」


 もう会場中が騒がしすぎて声が届いてるかすら怪しい。当の本人は困り果てた顔で辺りを見渡すと、


「あ、香織……ちゃん……」


 私がいるとことは違う方向に行ってしまった。さすがにファンサービスは一エリア一回ぐらいなのだろうか……。


 隣で騒ぎ立てる城戸さんの姿を見てると、私も傍からだとこんな必死に喜怒哀楽を一遍に映し替えてるのかもしれない。


 加えてレインボーアフロとパーティ用のサングラスとエプロン付けてるし。ヤバいな、私。


 一度香織ちゃんから目を離し、今度はトラック全体を見渡す。そして再度香織ちゃんをちらと見やれば、どうやらまだ探してる様子だと分かって、私は僅かに希望と期待を抱く。


 さっきのエリアには探し物はがなかったのか、徐々にエリアをずらして来ている。


「あー……ごめん。ないよー」


「あーすみません、ありがとうございます!」


 隣でやり取りしてた深見ちゃんが礼だけして別エリアに去ってしまった。


「ん……なかったの?」


「そうなの。お題が『重たくて緑色のもの』っていうものだったらしいの」


「ピンポイントだけどなんかアバウトだな……」


 て、ことは……香織ちゃんもそういう感じのやつ?


「これ、もしかして二回目のお題の方が難易度高いのかな?」


「そうかもね。一回目は案外みんなあっさりだったし」


 他のメンバーもまだ頭を抱えている様子。なんとも愛らしいというか……特に香織ちゃんの悩んでる姿がなんか刺さる。幼気があって。


「すみませーん」


 今度は誰だ誰だとそちらを見やると、なんと今度は水谷さんが推してる小倉ちゃんが来た。


「あっ、そのアフロ! 借りてもいいですか?」


「え……え、私?」


「あ、はい!」


「あ、はい」


 まさか……いや、思いもしなかった。実際に私に借りてくるとは。いや、借りてもらいたいからこんな格好してるんだけど……。


「っ、どうぞ」


「ありがとうございます!」


 さすが小倉ちゃん。笑顔と感謝の言葉の相乗効果をよく分かってる。九歳にしてこの出来具合……さすがリーダー。


「おぐちゃーん!」

「優佳子ちゃーん!」


 去り際、後ろのシートにいる人達にもしっかりファンサービスを欠かさない。人気ナンバーワンは伊達じゃないなぁ……。


 てか、今この会場での私のアイデンティティと言ってもいいレインボーアフロが……。ま、いっか。サイン付きで返された時は水谷さんにあーげよ。



 結果、借り物競走は香織ちゃんに物を貸すこともできず終わってしまった……。香織ちゃんは別の人のところで物を借りていて、二回目のお題は「白くて大きいもの」だったという答え合わせが為された。


 私のかけてるサングラスはレンズの入ってないフレームだけの白いやつなんだけど、さすがにそれよりも大きいキャリーケースが採用された。


 くっ……キャリーケース持ってきておけば。まあ、白くはないけど。


 そんなタラレバを思いながらも、運動会イベントの最後はメンバー全員の踊り。普通の小学校のような運動会の最後にある踊りとか組体操ではなく、スカッシュの踊りと歌。


 完全にライブと同じだ。普通にペンライト持って来といて良かった。てか香織ちゃんの歌声、ちょっと良くなってた。前にいったライブよりも声が通ってた気がする。


『これにて、スカッシュ運動会イベント、全プログラムが終了となります。皆様、お疲れ様でした』


 そんなアナウンスの後、体育館に響き渡る大喝采。いやぁ……本当に良かった。


 最初は意味も分からず一緒に体操したり、アフロとかかぶったりしてたけど、マジでよかった。抽選が高倍率なのも納得の満足度。


『なお、借り物競走にてスカッシュメンバーがお借りした品は、この後返却させていただきますので、ホームストレート付近に設けられております運営本部に、赴きいただきますようお願いいたします』

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