第9話 思わぬ邂逅、そして祭りは始まる。

「あ……やっぱり」


「あ……小宮さんじゃん」


「え、二人知り合い?」


「あ、まぁ……てか、金返さない奴って覚えてます」


「え?」


 忘れもしない。毎回金をせがんではじきに返すと言って未だ金を返してこないクズ男の水倉。


「そのカメラ、どうしたんですぅ? 去年は金無いって言ってたのにぃー」


「えっ……いや、ちゃんと金はありますよ」


「なら返してくれませんかねぇ? これまでのお金」


 舌なめずりでもするようなねっとりとした口調で奴を脅しかける。こいつはクズ。飯代とかグッズ代とか色々借りてきて口だけ返すって言ってる奴だ。


「えっと……今は、その……今日買うグッズ代しかないからまた……」


「えぇ、水倉さんって……」


「信じらんない……」


 城戸さんと水谷さんのぜんとした表情なんて初めて見たかもしれ……いや、いつもオタク言動かましてたら大体これだったわ。


「ち、違う! 違うんですよ! この人が急に俺と会わなくなって、返す機会が……」


「会わない前にめちゃくちゃ返す機会ありましたよねー?」


 さすがの私もこの重い腰を上げざるを得なかった。残念ながら身長はあっちの方が上だが、こいつとの関係の話をすれば圧倒的に私が有利な立場にいるのは間違いない。


「……あ、あなただって! その……困ってたところを助けたというか……」


「それに関しては感謝してます。こうしてドルオタを続けてこれたのも、水倉さんのいちの助けがあったおかげだとは思ってますが、それとこれとは話が別!」


「えっと……あ、そろそろ始まりそうだから……」


「……ちっ。今日のとこは香織ちゃんに免じて見逃してやる」


「ふえぇ……」


 何がふえぇだ。男のくせに。弱い者ぶってんじゃねぇ。金だけくすねていく野郎が。



「皆さーん! こんにちは!」


 スカッシュのリーダーであり、水谷さんの推しの小倉ちゃんの挨拶が来ると、観客全員の返事が体育館の中で大きく反響する。


 ヤバい。推しの体操着姿とかヤバすぐるぅ! 鉢巻はちまきのイエロカラーマジでいい! 思わずシャッターを……ん?


「水谷さん水谷さん」


「な、なに!? 今めっちゃいいとこなんだけど!」


「いや……トラックの中に入ってるあの人は……?」


 ブルーシートゾーン内から写真を撮る観客の中、ただ一人だけスカッシュのメンバーと同じトラック内に侵入してるカメラメーンが一人いる。


「あの人はスカッシュのカメラマンさんですよ」


「水倉には聞いてない」


「さんを付けんかメス豚」


「うるさい水倉黙れ」


「水谷さんまで……」


「へー、カメラマンさんなんているんですね」


「何をおっしゃい! あの方はスカッシュ専属のカメラマンさんだよ。ブロマイドとかウェブ用の写真とか、スカッシュメンバーの写真全てを手掛けてる御方。神様みたいな人だ」


「「な、なんだってー!」」


 あの白髪の人が!? スカッシュのグッズも担ってるの!? 今の今まで専属のカメラマンがいること知らなかった私……オタク失格!


「今日あの人が撮った写真は、少なくともSNSとかブログでアップされると思います。写真を撮るときはできるだけあの人の邪魔をしないよう、我々オタク一同は心掛ける必要があります。時にカメラに写り込んでくる場合もあるけど、あの人が僕達の供給に応えようと精進してると思えば造作もないこと」


「そうやって働いてお金を返して欲しいものですなー」


「……ちくちく言葉止めてください」


 そうこう話してる間も、レンズ越しに映る香織ちゃんの面映ゆそうな表情が何ともたまらない。カメラマンさんが取っててくれてたらいいなぁ……。で、そのブロマイドを集める! 絶対集める! くっそ可愛いもん!


 開会式と選手宣誓を終えると、すぐさま前半のプログラムが始まる。最初は……長座体前屈。本当に体力テストするのか……。


『これより行われる以降のプログラムにおいても、カメラ等での撮影をしていただいて構いません。なお、トラックのバックストレート付近に設けております撮影場所を解放いたします。ご自由に利用していただいて構いません』


「よし! 彩さん裕ちゃん、動くよ!」


「え? どこに」


「無論、推しが一番取りやすい位置にだよ!」


「えー……こんな人だかりに、そんなとこ行くの?」


「いやいや、あの撮影場所のとこ、行かなきゃ! メンバー全員を真正面から見られる絶好の場所なんだから!」


 そう言ってる間にも、隣の水倉は一目散にその場を離れていった。その撮影場所では既に野郎共の推し問答が始まってる。


 これがオタク。しかし、ある程度のリテラシーもあるのがオタク。このスカッシュ界隈では普通のファンを保護者と呼称し、害悪ファンはモンペ扱いされる。


 つまりは、リテラシーない奴はモンペってこと。まあ、そこらへんは社会のルールに則ってる感じです。


「えー……ここで撮るの?」


「いや、実は一歩後ろから撮ってもいい感じよ。あのむさい中に突っ込まなくても、ある程度の距離ならデジカメでちゃんと取れる。あと、目線くれることもままある」


「ならいいけど……」


 そうこうしているうちに、ついにスカッシュの運動会イベントが本格的にスタートする。入場行進などはなく、開会式もそうだったが、あまり歓声を上げるのは控えた方がいいらしい。


 私はめちゃくちゃ声を張り上げて今すぐ香織ちゃんに愛の眼差しを求めたいのだが、逆に保護者達の真剣な眼差しとカメラレンズが痛々しいほどに香織ちゃん達に襲い掛かる。


『最初のプログラムは準備体操です』


「あ、そっか。長座体前屈の前に体操か」


「どうします? 私達もします?」


「え……なんで? 写真撮んないの?」


「私が撮りたいのは、体操してる姿より長座体前屈でちょっと苦しそうな顔をしてる小倉ちゃんを撮りたいので」


「……はぁ」


 え……もしかして城戸さんってSなの? 推しの歪んだ顔を撮りたいって何? などと思ってるうちに、ラジオ体操第一の曲が流れだした。


「じゃあ私、体操します」


「え、あ……」


「マジ?」


 なんか流れで私達はスカッシュと一緒にラジオ体操をすることになった。

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