第7話 いざ! イベントへ!

「ごめーん! お待たせー!」


 しばらくしてこちらに駆け寄ってくる、花柄のワンピースを身に纏った一人の女性。話してる時はたまに忘れるけど、城戸さんって普通にスタイルいいし顔も綺麗。


 ハーフアップにしてる髪型がどことなくお母さんっぽさが滲み出てる。あ、いや……これは我が子系アイドルの女性オタクならではの雰囲気なのかもしれない。……て思ってるけど、上下ジャージ姿の私が言えたものではないな。


「お疲れー 遠いとこから」


「ううん。こっちこそ、遅れてごめんなさい。新幹線の時間がなくてー」


「大丈夫大丈夫! 在来線の遅延があっても間に合ってこれてるし、問題なし!」


「で、まずはホテル行くんでしょ? 荷物置きに」


「荷物置いてー……まあ着替えた方がいいな。動きやすい服装に」


「私はもう完璧! もう動きやすい!」


「彩さんは、なんかラジオ体操しに来た近所の二児の母みたいな……」


「それでもいい! 私はこのイベントでありったけを!」


「まあとりあえず行くか。開催時間は一三時半だし」


「そうですね。ここからホテルって何分くらいでしたっけ」


 渾身のボケをスルーし、私達一行は足早に駅のホテルを訪れた。今回は残念ながらイベント後の個室居酒屋を見つけることは叶わなかった。


 だが、三人でホテルで飲み明かそうという話になった。いつもする後夜祭的な三人の集まりは、ライブ後の余韻を楽しむのに欠かせない時間だ。


 きっと今日のイベントでもその小さな楽しみがあるんだと思うと……


「はっ、はっははっは……」


「お待たせー……って、彩さん変な笑い出てますよ……」


「え、あ、ごめん」


「さすがにホテルのエントランスでそれは……」


「しかも腕を組んで一点を見つめながらは……」


 二人の嘲笑も相まって、いつも以上に恥ずかしいと思った。二人より先に行く準備ができて余裕ができたから、つい妄想と香織ちゃんのことを考えてしまった。


 でもこれは逆に言えば、それくらい香織ちゃんのことを考えているということ! もうこれ恋でしょ。なんなら私の頭の中に常にいる訳だからこれもう実質同棲でしょ! これもう香織ちゃん、私の子なのでは? もう夢叶ってるのでは?


「私のアホ面はいいの! それより二人の格好ナニソレ!」


「ナニって……動きやすい服装だよ」


「いや、バチバチおしゃれしてんじゃん! 動きやすい服装って言ったら、ジャージ一択じゃん!」


 特に城戸さんの白いワイドパンツと淡いピンクのニットがちょっと大人っぽくてエッチすぎる! まだ水谷さんのユニセックスのパーカーと足元がキュッと引き締まったちょっとスポーティーなボトムの方がまだ分かる。というか絶対そのパーカー、旦那さんとおそろいとかしてるやつじゃん。


 あとおしゃれなのも普通にムカつく。そういうの、デート以外で着て大丈夫なんですか? 旦那さん泣くよ?


「別にそこまで動かないというか……私達が汗をかくわけじゃないですし……」


「逆に彩さん……めちゃめちゃ運動会参加しようとしてるじゃん……。荷物も多いし」


「借り物競走の時に連れられたら一緒に走らなきゃじゃん!」


「借り物競走に全てをかけすぎでは……?」


「それでもいい。私はこのイベントで、ありった」


「あ、やばい。そろそろ出発時間すぎる。早く行こ! ホテルのタクシー呼ぶから!」


 まさか遮断されるとは思わなんだ……。まあ、でもいいさ。タイムリミットは近付いている。今回行くのは定員数の上限がライブより大幅縮小されているイベントだ。


 超高倍率の抽選で選ばれたんだから、楽しまないわけにはいかない。ふっ、また変な笑いがこみ上げてきちまいそうだわっ。


 しかし、現地はホテルから歩いていくにはかなり骨が折れる場所だった。信号の数は多く、かと思えば一定距離行くと今度は上り下りの坂道が待ち構えている。


 徒歩で一時間近くある体育館まで行くにはバスかタクシーの選択を迫られた訳だが、ホテルの割引があってタクシーを二割引きで借りられた。


 ではなぜ、私たちは体育館から程遠いホテルなど予約したのか。それは無論、体育館の近くにホテルがないからである。


 ちょっとばかし行けば、あるのはラブホテルだけ。なんなら一番まともで一番近いところが私達の泊まるホテルだ。水谷さん曰く、イベント参加者のほとんどが今日泊まるホテルに集まるのだとか。


 なんちゅうところでやるねん! もっと交通の便がええとこないんかい! と、つい地元の方言吐き散らかしながら言いたいところだが、こんな人気アイドルグループが身近な場所でイベントを開いてたら、多分抽選当たってないモンペも来る。


 絶対そう。あんなに可愛い子達に群がらない奴はいない。特に野郎共。あいつらは望遠レンズを柵の隙間に固定してシャッター切りに来る。絶対ダメ! あの子たちは、保護者の私達が守るのよ!


「というか、水谷さんの言う通りデジカメ持ってきたけど……なんで? スマホじゃダメなの?」


「何言ってんの。デジカメで撮るのが保護者ってもんでしょ!」


「どういう偏見なの? それ」


「いい? 運動会イベントは修羅場。場所が取れなくなれば、一瞬で終わるわ。いい? これは近距離で撮影OKのイベント。無論、マナーやルールを守った上で、いかに自分の推しをよく撮れるか。撮影した写真は営利目的以外での使用が許可される。つまり、自分の部屋に飾れる、たった一枚の推しの写真。分かる? その稀少性が」


「例えば……え? 借り物競走で連れられた場合とか……」


「まあ滅多にそんなこと遭遇しないけど……自分の手を引いて走る推しが、撮れるということ!」


「それ、スマホで良くないですか?」


「何言ってんの! 運が良ければサインしてくれるのよ! デジカメに! 去年いたわ。デジカメのレンズにサインしてもらってた人」


「「な、なんだってー!」」


 あまりのことに私も城戸さんも声が上がる。多分、タクシー運転手の人は迷惑そうな顔付きをしてるだろうが、声を上げずにはいられなかった。


 推しのサイン。残念ながら、スカッシュはまだ一度もサイン会を開いていない。販促のグッズにもサイン入りのものは一つも見掛けたことがない。


 そんな稀少なものまでもらえたら……はっ! いや、待って! 写真とかにサインしてもらったもっといいのでは!? あー……そんなこと、なんで今……。インスタントカメラの方が良かったんじゃ?


「それを先に言ってくださいよ!」


「そうだよ! それ知ってたら絶対インスタントカメラにしてたのにさ!」


「あ、いや、今思い出した」


「は? マジありえない」


「これだからオタクのイラストレーターは」


「おい、その発言は敵を作りすぎだろ」


 興奮しすぎて暴力的になってしまうのは人の性……いや、オタクの性に違いない。


 姦しいことこの上ない客をタクシーに乗せてる運転手に同情を覚えながらも、私は抗えない性というか運命というか、なんかそういうのを燃やしながら三人で仲良くコンファレンスしてアライアンスを組んでイベントに臨むことになった。


 社会ってコンプリケイティッドでディフィカルトだね。

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