第6話 チケット抽選とかいう心臓に悪いイベント
最近は生きていて良かったなって思うことが何度もある。特にライブのチケットに当たるとそう思う。逆に外れたらもう寿命も運も尽きたか……とか思っちゃうけど。
「やばいやばいやばいやばい! 当たった当たった! 当たったよ!」
『え、私も当たった!』
『え、私も私も!』
「え、じゃあみんなで行けるじゃん! 初めてだ! 初めて!」
平日の昼休憩。メールにはちょうどスカッシュの運動会イベントの抽選結果が届いてた。
まあ誰か一人でも外れてたり、逆に一人だけ当たってたらめっさ気まずくなったんだろうが、奇跡が起きたのでヨシっ!
『そういえば、運動会イベントに一回以上行ったことあるのって、私だけ? 二人ともどっちか行ったことある?』
『いえ、私はこれが初めてですね』
「私も初めて!」
『ふーん……そっか』
この、水谷さんのマウント取ってきそうな声調……うざい。
『なんですか……? 何か言いたげですねぇ、
『そりゃあ、ねぇ……倍率一〇〇以上だもん。それを二回だし?』
『じゃあ……
「そうだね。二人で行こう」
『ごめんごめん! 待って! 二人に注意してもらいたいことがあるだけなの! それを言いたいだけだから!』
『そんな風には聞こえませんでしたけど。二回も行けてる自分を自慢してるようにしか聞こえませんでしたけど? ね? 彩さん』
「うむ、まさにけしからんかった。世が世なら死刑ぞ」
『ごみん……』
本当に誤ってるのか怪しい返答だが、私と城戸さんはとりあえず良しとしておいた。
「そういえば、今二人ともどこにいるの? 私は会社だけど」
『私も会社だよー』
『私は家』
『働けニート』
『イラストレーターしとるわ! あとウェブ漫画も描いてるわ!』
二人との付き合いも半年近くになるが、未だに城戸さんのような口調で話すことができない。
二人の付き合いは結構前からあると聞いてるからか、話す言葉一つにしてもどこか憚られる。
『あ、ウェブ漫画なんだけどさ……単行本化決まった』
「え!? おめでとう! え? そんな朗報あったっけ?」
『まだ公にしないでくれって、編集のほうに言われてるからまだ』
『えー……』
「言って……よかったの? 聞いてよかったの? 私たち」
『大丈夫だよ。あ、でもさすがに口外はしないでね。発表したらいいけど』
水谷さんの描いてるウエブ漫画はアイドルもの。一話からいいねとリツイート数は共に万桁を超えていた。いずれは単行本化するんじゃないかと思ってたけど、案外早かった。
『でも、単行本作業でしばらく更新できないでしょ?』
『そうなんだよなー まあでも、時間見つけてイラスト一枚上げるくらいはしようかなーとか思ってる。できればだけど』
「でも、すごーい! 絶対買う!」
『彩ちゃんありがとう』
『私はSNSに載ってるやつあるし、買わないかも』
『は? 害悪毒者かよ』
『買う買わないは自由じゃない。別に悪いことしてないでしょ?』
『そういう奴は無料じゃないからとか変ないちゃもん付け出すから腹が立つ。需要と共有が成り立って、初めて漫画が生み続けられるんだよ』
「ま、まぁ……城戸さんも本気で言ってるわけじゃないと思うし」
『彩ちゃん、若干マジよ』
「私のフォローが蔑ろに!」
『え……彩ちゃんって、裕の味方だったん……?』
「いや! 今のは水谷さんへのフォローですよ!? あ、そういえば運動会イベント楽しみですねー! そろそろ昼休憩終わるので、また今度話しましょう!」
『え、彩ちゃ』
半ば逃げるように電話を切った。最後のほうは水谷さんの単行本の話で持ち切りだったけど、それでもやっぱり運動会イベントに行ける喜びのほうが勝っている。
倍率が三桁にもなることがあるこの大イベントに、興奮が冷め止まない。頬は痛いし、頭の中はずっとイベントのことばかり。とは言っても、開催までは一か月ばかりある。事前に準備はしておかないとね!
あ……てか、待って。またあの二人も来るってことは……今回も個室見つけないといけないのかぁ……。
*
アイドルグループ「スカッシュ」運動会イベント。今回の開催で二年目になるイベントで、実際に公共の体育館を借りてスカッシュのメンバーのみんなが走ったり踊ったり考えたりするイベントだ。
目玉の種目は借り物競走、飴食い競走、応援、踊りの四種目になっている。他にも短距離走、シャトルラン、反復横跳び、長座体前屈といった体力テストにある種目もある。
実際の運動会のように朝から夕方までやるのではなく、昼から夕方までやる比較的短いイベント。だが、数時間のライブよりも長いことがものすごい魅力的。
あと、借り物競走で実際にこっちに来てくれることもあるとかないとか。なにそれヤバくね? 借り物競走でもし私が香織ちゃんに来てくださいとか言われたら……
「へ、へへ、へっへ、へ……」
「彩さーん。気持ち悪い笑み出てますよー」
「あ、ごめん。つい妄想が……」
「どうせ借り物競走で連れられる妄想でもしてたんじゃないの?」
「え!? なんで分かったの!?」
「マジだったんかい。当てずっぽうだったわ」
私と水谷さんはコンコースの柱に寄りかかって、城戸さんの到着を今か今かと待っていた。私と水谷さんは関東だが、城戸さんは東北の方に住んでいる。
会場は群馬県にある体育館で、バレーボールコートが五面ほどある広さらしい。バレーボールしたことないから分からんけど、五面って結構広くね? てっきり広くても三面だと思ってたんだけど……。
「まあ、私もそういう妄想はしたなー でも一回目の時、誰も借り物競走で連れられてる人いなかったし。期待はあんまりしない方がいいよ。近くで見れるだけありがたいと思った方がいいね」
「いや! 私は諦めない! 絶対に借り物競走で連れてってもらう! そのために、この中にいろんなもの持ってきたから!」
そういって、私は強めにキャリーケースを叩いてみせた。中には借り物競走のお題で出されそうな物も入れている。
もし香織ちゃんが帽子というお題を引いた場合、私は目立つ蛍光色の帽子を被る。ペンライトなら香織ちゃんカラーのペンライトを一〇本掲げる。
私はそれくらい、運動会イベントに全力で挑む所存だ!
「ていうか、水谷さん。単行本作業って前言ってましたよね? あれもう終わったんですか?」
「いやまだ。でも今日のために、自分が担当しなくていい分を全部担当編集と印刷所の人達に任せて来たから大丈夫! 確認作業は帰ってからやるからよし!」
なぜそこまで潔いのか。なんだか全然良くなさそうな気がしてならない……。
「ならいいですけど……あ、着いたみたいですね」
ふと携帯に視線を落とすと、ロック画面に城戸さんからトーク通知が来ていた。
着いたよーというたったその一言だが、私達はついに運動会イベントへ行けるんだと思うとものすごく嬉しい。
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