第5話 私たちはアイドル
「みんな、レッスンお疲れ様! 今日は以上です!」
「……せーのっ、「「「「お疲れ様でした!」」」」」
小倉さんの声掛けの後に、私達メンバー全員がレッスンの先生に挨拶を返す。学校終わりのレッスンは午後五時から始まって、八時前には終わる。
マネージャー曰く、未成年者が労働する場合は夜八時までと決まってるんだって。まだ六歳の私は、それが会社命令なのか社長命令なのかも分からない。
でも、分かったところで結局守らないといけないことには変わりないんだろうなと思って訊かなかった。本当は、訊くタイミングが分からないだけだけど……。
そんなことより、私はこのアイドルグループ、スカッシュの一人としてもっと頑張らないといけない。応援してくれてるファンの人達のためにも。
「お疲れー、みんな!」
「お疲れ様です、マネージャー」
「「「「お疲れ様です!」」」」」
「はい、今日の予定は以上ね。次の運動会イベントまで残り二週間。観客数も限られたイベントだけど、その分保護者の方々との距離感、熱量の伝わり方、その質が前回のライブとは違ってくる。みんなの晴れ姿を自分の子のように見る保護者の方々が来てくださるから。今年も目いっぱい、運動会イベントを楽しんでください!」
「「「「「はい!」」」」」
年に一度行われる、秋の大運動会イベント。実際の小学校で行われる運動会のような催し物と種目が行われ、最後のダンス種目では全員で踊る。
実際は紅白ではなく、各々が記録を出すだけで競い合ったりはしない。お客様である保護者の方々には自分たちの頑張ってる姿を見てもらうのが目的になる。だから、内容は運動会みたいな競走じゃなくて体力テストに近い。
私はこのグループの中でも年が下から二番目だし、徒競走とかしたら負けるのは分かってる。一番年上の小倉さんと踊りのレッスンをしてるとその差が分かる。
自分の踊りがまだまだあの人に届いてないことは、ほぼ毎日目の当たりにしてる。
「よし。じゃあ帰りの支度をして、私が車を……と言いたいんだけど、これから会議があって送れないのよ。だから、各々の親御さんに迎えに来てもらってください」
「「「「「はい! ありがとうございました!」」」」」
終礼の挨拶みたいなミーティングが終わって、私たちは順々にレッスン室を後にし、更衣室に向かう。
「みんな、ちゃんとお母さんお父さんに連絡するんだよ」
「はーい」
「あの……どうやって、連絡したら……」
「あ、そっか。由佳ちゃんまだ携帯電話持ってないんだっけ」
「はい」
少なくとも小学生になったら、みんな普通に持たされるものだとばかり思ってた。
「じゃあ、私がマネージャーに言ってくるよ。由佳ちゃんの家に連絡してくださいって」
「あ……ありがとうございます、お……優佳子ちゃん」
由佳ちゃんが恐る恐るお礼を言うと、小倉さんは小さく微笑む。
「みんなはちゃんと着替えて、連絡もしておくこと!」
そう言うと、小倉さんは直前になって更衣室に踏み入れず、その場を後にした。
「由佳さんって親に携帯電話、買ってもらわないんですか?」
「頼んでみたい、けど……私の親、いつも仕事忙しいって……」
「前に由佳ちゃんの家に行ったことあるんだけど、休日は家で一人だったよ」
「え、じゃあ結と遊びましょうよ! おままごととかでもいいです! 一緒にしたいです!」
「……でも結ちゃん、家遠いんじゃ……」
「大丈夫ですよ。結、実は去年おつかいの番組収録に参加したことあります! でもなんの苦難もなく普通に帰ってきて、お蔵入りになっちゃいましたけど……えへへ。こう見えて、結しっかりしてますよ!」
でも悪い子ではない。年上相手でも言葉使いがちょっと軽いけど、ちゃんと礼儀正しいのは分かる。運動神経が良いのは羨ましいしダンスの覚えも私より早い。
歌は少し不安なところもあるけど、カバーできない範囲じゃない。もし私含めたみんながいなくなっても、彼女にならこのスカッシュを任せられる気がする。
「話してないで、早く着替えて連絡しないと、怒られちゃうよ」
「はーい」
「すみません……」
更衣室の奥の端っこ。そこのロッカーから響くちょっと冷たい声音を聞いて、私たち三人は各々のロッカーに向かう。
あの人は
こういうプライベートだと冷たく聞こえるその声は、ライブやレッスンになると一気に場を引きしめて背中を押してくれるような優しい声に変わる。
初対面では目がとろんと眠そうだし髪は金色だし口調が冷たくて接しづらい人かと思ったけど、それはただ沙織ちゃんが規律を重んじる所があるだけで、私達がちゃんとしてれば普通に話してくださる。
何気に結ちゃんには好かれてて、博識な一面もあるし、ミステリアスな感じがあって……すごく魅力的。
でも結ちゃんとはまた違う、大人の女性のようなかっこよさがあるし、歌はこのグループで一番綺麗で上手。
でも運動ができないというギャップが沙織ちゃんのチャームポイントになっている。一長一短がはっきりしてるだけ、嫌いにはなれない。
「沙織ちゃん」
「なに? 香織ちゃん」
私が呼ぶと、沙織ちゃんはシャツのボタンを締めながら、視線そのままに返事をする。
「……また……上手に歌える方法、教えてくれませんか?」
そんなメンバーの中で、私は……正直なにもない。色んな人の技を見て、聞いて、習得してきた。
このツインテールだって、ちょっと癖っ毛でそばかすのあるパッとしない見た目を印象付けたかった。笑顔だって小倉さんの受け売りだし、ダンスは結ちゃんのも見習って練習している。
歌に関しては下手でも上手でもないという一番中途半端でダメなところ。特にこの界隈では良くも悪くも突出してるものがないとお客様に印象は与えられない。
沙織ちゃんの声はすごい。秋に吹く涼しい風みたいに透き通るようなその声で、バラードもソロで歌いこなせてる。ライブではその声を聴いて、いつも敵わないなって心の中で思いこんでしまう。
でも……このままじゃいけない。今、テレビに出れてないからこそ、スカッシュはライブでもSNSでもラジオでも頑張らなくちゃダメだ。このグループの各メンバーがそれぞれ一本柱だから。
もっと頑張らないと。『みんなでスカッシュ!』――それが、私達が掲げているスローガンだ。
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