第2話 ライブの後の祭り
「
「当たり前だよ! 目の前で我が子が頑張ってるんだよ!? 自分の子が頑張ってるのを応援しない親とか、そいつは親じゃない! 親のふりした他人だよ!」
「彩ちゃん酔ってるでしょ」
「酔ってない! 私、ジンジャエールしか飲んでないし!」
「いや、これは酔ってる!」
「あ、いや……伝票見た? というか、お二人がそれ言います?」
ライブの後は近くの居酒屋の個室に集まって同じドルオタ仲間と感想を述べ合うというのが恒例の行事になっている。
まあ、俗にいう保護者会というやつになる。私たちが推してるアイドルグループのファンは通称「保護者」なので、こうして集まるとなると保護者会というのが適した呼称になるわけだ。
「でも、話し方だけ見てると絶対彩さんが酔ってるように聞こえますよ」
「人を見た目で判断してはいけない! 底に眠る何かが、真にその人の魅力であると、私は知っている!」
「いや、話し方だって。彩さんの見た目は、まあ……お遊戯会を見に来たお母さんって感じだけど」
「お遊戯だよ!? 立派な! しかも今回は二万人規模!」
「そう思うとデカいですねぇ、私たちの推してるアイドル」
「そうだよ! 私たちの子はすごいの! お遊戯会やるだけで千単位の人間は軽々呼べるの! うちの子最強に可愛いの! あーがわいいいいいいい! ずぎぃいいいいいい!」
「本性出てますよー」
「汚いよー」
罵詈雑言はいつものこと。というか一種の様式美として捉えられてると言っても過言ではない。
しかし、言われていい気になれないのはオタクではなく、単に人としての性だろう。つまり、私はまだオタクという本能に乗っ取られていない。まだまだ愛が足りないってことかぁ……。
「でもやっぱ、大きいステージで見る推しは最高だったわー」
「ですよねー 推しと言うか、もう我が子というか」
「あれはもう我が子だよ! 握手会の時、香織ちゃんが私のことママって言ってくれたんだよ!? ママだよママ! もう私はママなの!」
「現実を見ろー それ近所のお母さんとかにも使える呼び方だぞー」
「現実突きつけるのやめれ!」
どちらが酒を飲んでるのかも分からないテンションの高低差が私と彼女二人で半端なかった。本当にこの人達、私と同じオタなんだよなぁ……? と疑ってしまうレベル。
「そういえば、
「えー ありがとー!
昔は漫画も書いてたらしいが、今はWeb漫画をたまにあげていることは私も把握済みだ。少なくともいいね数は万桁当たり前に取っているし、ネットの闇に埋もれてないだけ凄いと私は思う。
そんな人が私と同じアイドルを知った理由を前に訊いたのだが、オタク需要があるかもしれないという……まあ、そういった訳らしい。
でも気付けば、こうして席を共にしてるくらいドハマりしてるのだから、やっぱり私たちの推してるアイドルは只者ではない。
「
「そうなんですよ! 私も最初見た時は何この子ー! ってなりましたもん! かっこかわいいっていうかぁー!? 今日の握手会もかっこかわいいかったしぃいー!」
「結ちゃん運動神経良いみたいだし、やっぱ踊りの切れは最年長の
「まあでも、おぐちゃんの歌声に勝てないでしょうけど?」
「美紀さん……それ、喧嘩売ってます?」
「そんなことないですよ、裕ちゃん。むしろ……喧嘩にすらならない? というか?」
「は?」
「は?」
「ちょっ、ドードードー……。そういう不毛な争いは辞めましょ? 可愛さで言ったら、私の香織ちゃんには勝てないんですから?」
「「は?」」
「あ?」
どれだけ猫を被っていても、私たちの性根は立派にオタクと化している。
「結ちゃんは可愛い上にかっこいいんですよ? しかも茶髪なのがまたいい!」
「いやいや、それ言ったら私の推しのおぐちゃんなんか、ちょっと赤み入った茶髪で、あの長い髪がセンターでめちゃくちゃ脚光を浴びてるんだが?」
「それを言わせていただくなら、私の香織ちゃんはツインテールと二つのリボンがより目に付くのは言うまでもないのでは?」
「そんな取ってつけたようなもの……結ちゃんのかっこかわいい笑顔には敵いませんよ」
「リーダーであるおぐちゃんが一番笑顔が良いと言われてることに関しては無論、知っていただけるんでしょうねぇ?」
「は? 笑顔なら香織ちゃんがナンバーワンであることに異論の余地なんかありませんが?」
「は?」
「あ?」
「は?」
ライブ終わりの居酒屋。お酒が入って少し経つと殺伐とした雰囲気が立ち上る。
それは愛という名のステータスを使って競い合う厄介オタクの戦場。これが毎回長々と続くのだから、さすがに個室かホテルを予約せざるを得ないわけだ。
そんな二人との出会いを生んでくれたのも、私たちが推してるアイドルの存在が果てしなく大きい。だいたいこの時間が三十分近く続いて、疲れ果てて店を出る。
そんないつもの流れを終えると、今日は自宅から近場だったので私は電車で帰った。
そして一人家に着いた時、たまに香織ちゃんと、そしてあの二人との出会いの時をふと思い返すことがある。
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