私の推しは幼女です!

寺田門厚兵

第1話 これが私のオシゴト!

 私は、夢を諦めてしまった。いや……夢を諦めざるをえなかったという方が正しい。なぜならあの時、眩しくて美しくて可愛くて、なのに小さい花が……君が、私に微笑みかけてくれたから。


 私の目の前に立つ彼女達は頬に宝石のような汗を浮かせ、燦々さんさんと降るステージの脚光を浴びながら笑顔を咲かせ、生き生きとお遊戯をこなしていた。


「来てくれた保護者の皆さん、ありがとうございます!」


 その声は天使のような音色で、水面で舞うように踊るその姿は控えめに言って……マジ天使っ! いや、白鳥の女神か!? どっちだ……分からん!


 でもめっさ可愛くて尊いっていうのは超絶分かる! なんだこの可愛さは!? 反則すぎでしょ! 規約違反なんじゃないの!?


 可愛いすぎ違反の罰として毎日お遊戯会してくれませんかね!? てかして欲しい! いやしろ!


「うわあああああああああああ!!! がぁわぁいいいいいいい!!!」


 客席の前から五列目。ちょうどステージを端から端まで見渡せる位置で、かつセンターステージがちょうど真横にあるそこで、腰を据えながら見る彼女達はあまりにも眩しすぎた。


 今回のライブ会場は約二万席あるのだが、なんと全て埋まっている。二階席はもちろん、ステージはメインステージ、花道、センターステージがあるため、より客席近くまで彼女達が顔を出しに来てくれる。


 こう言っちゃなんだが、平均年齢七歳のアイドルグループが使うにはあまりにも勿体なさすぎる。


 だけど……席埋まっちゃうんだもーん! 半年前は一万五千人の会場が埋まってたしー? 今回はこれくらいしてくれないと! さすが大手芸能事務所様様です!


 あ、いや……彼女達の人気度の高さがこのライブ会場を表してる……? だとしたら、あの花道は滑走路に見立ててこれからも白鳥みたく羽ばたいていくという隠喩か? なんだそれ。何言ってんの私。


「こ、こんにちは。きょ、今日も頑張ります! すずおりです。よ、よろしくお願いします!」


 まっ、どうでもいいか! だって今、目の前で……


「うわああ! 香織ちゃあああああん!!!」


 天使達が微笑んでるんだから!



 ライブの盛況っぷりは、今回も熱と愛が会場中で飛び交っていて絶えず凄かった。というか、半年前のライブより凄かったかもしれない。数の暴力は少なからずあるだろうが、それでもアイドルが結成してから約一年半が過ぎている。


 残念ながら、この業界は熱が冷めていくのは存外早い。逆に言えば、熱くなれば噴火の如く一気に注目されるわけだが、その注目を浴び続けられるのも砂の粒を指で摘まむくらいほんの僅か。


 だが、彼女たちは今もなお盛況している。現在、このグループは大人の事情とか世間の圧力とか、そういう見えない力によってテレビ出演への復帰はできていない。


 けれど、齢一桁台しかいないアイドルグループでここまでの注目は、私の知る限り、本当に異例中の異例。


 だからこそ思う。このグループを好きになって、あの子と出会えて良かったと。


「次の方、どうぞ」


 握手会の順番が来るその瞬間は、いつだって新鮮な気持ちになれる。このラインから先は、ステージのような強い照明もないのに、眩しくて美しくて、私と彼女の周囲が一瞬にして光に包まれる。


 その空間に足を踏み入れてしまえば、無論、興奮を抑えきれるはずがないのだ。


「あー! 香織ちゃん香織ちゃん! 良かったよー! 良かった! 今日はちゃんと自己紹介もできてたし踊れてたし歌えてたー! すごかったよー! すごかった!」


「あ、ありがとうございます! みやさん!」


「え!? 私の名前、おぼえててくれたの!?」


「そ、それはもちろんです! 小宮ママはいつもライブ見に来てくれてますから。前回も、来てましたよね?」


「え? なんで分かったの!? 前回は風邪引いてて握手会には顔出してないよ!?」


「あ、だからあんなに目立つマスクを……」


 前回のライブではマスクに香織ちゃんへの愛を記しておもむいた。無論、抽選に当たったからには風邪だろうとインフルだろうとライブには行く所存。


 その時も熱という名の愛情が私の体を包んでいたし。だから行かないわけにはいかなかったのだ!


「あ、マスクちゃんと見てくれてたんだー!」


「保護者席からでも、分かりましたよ。小宮ママの応援、いつも届いてますから」


「ほんと!? ほんとぉ!?」


「あ、はい。ほんとに……」


「あの、あまり演者の方に詰め寄るのは控えてください」


「あ、すみません……」


 いけないいけない……またやらかしそうになるところだった。前は出禁寸前になるとこまで思いが溢れてしまってた。


 しかし今回は、前回分の思いも全て香織ちゃんに伝えたい! でもそんなことしたら出禁になっちゃうかも……。


「小宮さん」


 頭の中が不安で覆われる最中、ふと雲間から日が射すように美しい声色が耳元を優しく撫でる。


「今日も、来てくれて……ありがとうございます」


 小さな両手で私の右手を包み、そして彼女は私にそうほほみかけた。


 あー……これだよこれ。生きてて良かったと思える瞬間ってやつだ。私の体一つでは収まりきらない感情の爆発が今にも胸をぱっくりと割き開かんとする。


 しかし、人の体というのはかくもすごいものだ。そうならないようにちゃんと捌け口というものが存在しているのだから。


「す……す……」


「す、す?」


「好ぎいいいいいい! 私の娘になってえええええええ!」


「え……えぇ!?」


「いやもう好き好き好き好き大好き! あなたが生まれてきたことに感謝感激! あーもーこの手放したくない! はなじたくないーうわわああー このままおぼじがえりじだいよおー がおりぢゃん、わだじのいえぎてー」


「はいお時間でーす。お帰りくださーい」


「や、やだあー はなじだぐないー いえぎてー うわあああああー」


 感情が爆発しすぎて、最後の方は香織ちゃんがどんな顔をしてたのかも見えなかった。


 でも手から宝石がこぼれた感覚は確かにあって、それでも私の瞼の裏というか涙に映ってる香織ちゃんというか……余韻が凄すぎて、私の手には宝石に触れた感覚がまだそこにあるんじゃないかと錯覚してしまいそうな程に残っていた。

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