第11話 会話
「切らないでください」
相手より先にそう言った。一瞬の間をおいて、さっきの不機嫌な少女の声が返ってくる。
「
やはり、端末に目でもついているかのような発言だ。
「アオイは端末を部屋に忘れたまま、散歩に行きました」
どうやって話を切り出そうか。今間違えればもう二度と話す機会はなくなるだろう。
しかし幸か不幸か、そんなことを考える必要はないと知る。
「お前、そこまでして葵衣を殺したいのか」
いいえ、と咄嗟に否定しそうになるのを呑み込む。相手は絶対に嘘や建前を許さないだろう。実際、それを取り払った今初めて会話が成立しているのだから。
しかしこれは単刀直入がすぎる。心を読まれている? ならどうやってかけてきたか、なんて聞く必要はない。
「僕を殺しますか」
「殺さない。『気に入らないから』なんて理由で殺しをやるのは人間だけで十分だ」
「アオイが殺されそうだから」は理由にならないのか。僕にアオイを殺すのは不可能だと暗に言っているのだろう。別に殺したいわけじゃないが。
僕は会ったこともない彼女のことを何も知らないが、このひとと話していると自分の愚かさを責められているような気分になる。個人の短所なんかではなく、もっと、人間の持っている愚かさというか、治しようがないところを。
「お前は話をしにきたのか、死ににきたのかどっちなんだ」
「……どうして僕がアオイを殺すと思ったんですか」
僕だって本当に殺せるとは思っていないし、その時が来たら出し抜きさえできればそれで十分なのだけど。
「素性も知れない私と再び会話を試みる理由なんか一つだ。葵衣の情報が欲しいんだろう。それも弱みとかの類だ。後ろ暗い目的のために後ろ暗い手段を取るのは、人間がいつもやっている」
いちいち主語が大きいひとだ。そんなに人間が嫌いなんだろうか。しかし、それならどうして電話を切らない? 僕を、ひいては人間を馬鹿にしたいのだろうか。
「……僕は、3年後に死ぬとアオイに言われました。でもそれより、情報がなくて分からないことが多すぎるんです。このままだと、時間遡行の手段を奪ったとしても何もかも失敗に終わる気がして。せめて、アオイが時間遡行を求める理由だけでも分かれば……」
同情を誘うような言い方だと思った。都合のいいことを言うなと怒られるかもしれないと思ったが、蛍さんはなぜかさっきより落ち着いた声で、言い聞かせるように答えた。
「お前がやろうとしていることは全て無駄だ。どうせこんなこと言っても伝わらないんだろう。だから会話なんか意味ないと言ったんだ」
だから無駄だと思う根拠を、知っている情報を開示しろと言っているんだ。僕は苛立ちが募るのを感じながら、言葉が荒くなるのを抑えきれなかった。
「なら分かるように言ってください。どうして無駄なんですか」
「理由なんか今言ったところで意味がない。第一こんな話を続ける利点だってない。葵衣がわざと端末を置いて行ったりしなければ、人間と会話なんかせずに済んだものを」
「……わざと?」
電話の向こうで猫の鳴き声がした。アオイの他にも猫が家にいるなら、友達というのは同族のよしみか何かで、蛍さんも猫の妖怪か何かなのだろうか。思考が一瞬くだらない方にいったせいで考えが止まる。
わざと端末を置いて行った? それでは僕がこうして電話をかけることをアオイが想定していたようではないか。
「人間の思考回路は単純だからな」
「心が読める相手には隠し事も意味ありませんね」
「アオイの能力を知るために鎌をかけても無駄だ」
これもバレている。散々言われてきた「会話なんか無駄」というのを思い知らされているようだ。しかし、さっきとは違い会話が成立している。違いはなんだ?
「……あなたが、こうして通話を続けてくれる理由は何ですか。人間との会話が無駄だというなら話なんか聞かずに切っているはずです」
「葵衣がこの状況を作ったんだ。つまり『お前と話をしろ』ということだろう」
「それだけ、ですか?」
何か目的や思うところがあるわけではなく、ただ「アオイに言われたからそうした」だけという事実に拍子抜けした。
「他に用がないなら切る。あってもあと一つしか答えない」
「アオイは、僕の敵ですか」
アオイが何を考えているのか全く分からない。どうして僕を知っているのか、僕が死んでいないのはアオイが邪魔したからなのか、どうして異世界に連れてきたのか。探しものの手伝いなんて、そんなの必要ないはずだ。何をするにもあいつひとりで十分なのだから。
「葵衣は誰の敵にもならない。少なくともここ500年は」
……切れた。一気に力が抜け、ベッドに倒れこむ。
何も分からなかった。あるとすれば、アオイが電話を勝手にかけることを予想していたこと。その結果、大した成果が得られないことも、恐らく。
それと、アオイは少なくとも500年は生きていること。だからなんだという話だが。
結局、少しも眠れなかった。
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