第9話 異世界交流
目を開けると、中庭の外に新たな2匹の猫が見えた。サバトラと三毛だ。
そういえば星光団は5匹だったか。これは、第一印象最悪だろうな。
「ヴィーナス、ちょうどよかった。こいつ治してやってくれ」
「マーキュリーに呼ばれてきてみれば、アンタ子供相手に
「それはこいつが言い出したんだ。マーキュリーも手間かけたな」
「びっくりしたぁ、ほんと……」
サバトラ……マーキュリーさんは三毛のヴィーナスさんの後ろで様子を伺っていた。
ヴィーナスさんが杖をかざすと光の粒子が現れ、痛みが和らいでいく。最初に僕の傷を治してくれたのも、この猫だったような。
「まあいいわ、話は後で聞かせてもらうから」
「夕食もうできるんだって。早く行かないと怒られちゃう……」
声を出す気力もなく、しばらく治癒されながら突っ伏していると急に背中をバンバン叩かれる。
「にしても、貧弱なくせしてやるじゃねぇかフユキ! 気に入ったぜ」
「ちょっとマーズ、ケガ人を叩かない!」
「あれ、アオイさんどこ行ったんだろう……。さっきまで木の上にいたのに」
「食堂の方に向かってたわよ」
「気ままな奴だな。お前らどういう関係なんだ?」
僕はマーズさんの質問に答えられなかった。アオイは顔見知りではないはずだが、全く知らない相手という感じもしない。どこかで声を聞いたような感覚だけはあるのだ。
案の定アオイは先に食堂に着いていた。すっかりこの場になじんだ様子で、香ばしい匂いのする皿を両手に運びながら僕たちを出迎える。
「お疲れ様。席の位置は特に決まってないんだってさ」
「ちょうどできたところだよ。座って座って!」
ソールさんに言われるまま席に着いた。
大きな長机に舌平目のムニエルが人数分。
……猫がムニエル作ってる。
「ニンゲンでも食べられるものしか使ってないから安心してね」
適当に席に着き、久しぶりの食べ物をじっと見ていると、向かいに座るソールさんが安心させるように言った。予想の外からの心配に僕は曖昧に頷く。
全員が席に着くと、誰からともなく手を合わせ始め、声を揃える。
「いただきまーす」
舌平目の身に箸を入れると簡単にほぐれ、切れ目から湯気が立つ。そのまま持ち上げるとバターの香りが一層鼻腔をくすぐった。2週間ぶりの食事だ。談笑する星光団の面々を横目に、湯気と一緒に口に入れる。
味がしない。薄いのではなく、しない。だから猫基準の味付けが原因、というのは違うだろう。僕の味覚がないだけだ。……いつから?
「やっぱソールたちの料理は美味いな!」
マーズさんは素直に褒めた。やっぱり僕の味覚がおかしいようだ。
「また腕上げてる……」
マーキュリーさんは感心したように独り言をこぼした。
「このうどんも美味しい! あとで作り方教えてよね」
ヴィーナスさんが隣に座るムーンさんに顔を向けた。
「今回のは自信作なんですよ。アオイさんも手伝ってくれたからでしょうね」
「フユキ君、どうかな」
急にソールさんに話を振られて動揺したのを悟られないよう水で流し込む。
失礼にならないように、かつ演技くさくもならないよう注意して少しだけ声を張った。「美味しいです、すごく」
「よかった! ニンゲンの口に合うか不安だったんだ」
ここにいるのが僕でなく、例えば日向なら目を輝かせていただろう。そしてソールさんの期待以上のリアクションをしたに違いない。
嗅覚が残っていることが幸いだった。味が分からなくてもこれが美味しいものだと理解することはできる。
近くの席では、マーズさんがアオイに絡んでいた。
「お前らの世界の話、色々聞かせてくれよ」
「はい、約束でしたからね。何から話しましょうか……」
アオイは、自分たちの世界では昼間の空はピンクではなく青色だということから話し始めた。植物が緑色なこと、人間が文明を築いていること、自分のように喋る猫は恐らく他にいないこと。
アオイの話は全員の注目を集め、いつの間にか食堂には彼女の語る声だけが響いていた。猫は気ままで可愛いので何をやっても許されるとか、人間は猫の下僕だとか、かなり誤解を与えそうなことも言っていたが。
「こっちの地上世界とあまり変わらなさそうだな」
「アンタ、尻尾が2本ある時点でなんか普通と違うって思ってたけど元の世界でも異質なのね……。一体何者なのよ」
「これですか? カッコいいでしょう」
ヴィーナスさんの疑問をなぜか不自然にごまかしたあと、アオイは本題に入るフェーズを印象付けるかのように皆を見回した。
「さっきソールさん達にはお話ししましたが、私は時間遡行の魔法、もしくはその手段を求めてこの世界に来ました。まさか戦争中とは思いませんでしたが……。そこでお願いがあります。それが見つかるまでの間、寝泊まりするための部屋を貸していただけませんか。野宿は
少しの間、誰も何も言わなかった。リーダーであるソールさんの判断を待っているのか、各々思うところがあるのか。
沈黙を破ったのはムーンさんだった。
「私は賛成です。あいにく部屋の空きは1つしかないのですが、それでも良ければ歓迎しますよ」
ソールさん達もそれに続く。「だよね。むしろ食事も一緒にとらない気だったことに少し驚いたよ。働きながらじゃ時間も取りにくいだろうし、生活面は一旦気にしないで。まずはこの世界のことをゆっくり知ってほしいな」
「まぁそう気負うなってことだ。約束通り事情は聞かねぇ。たまには鍛錬に付き合ってくれるとありがたいんだがな」
「ふん、仕方ないからしばらく置いてあげてもいいわよ」
「みんながそう言うなら……。でも、変わったもの探してるんですね。その、当てとかは……?」
情勢のこともあるし、ひとりくらいは反対意見が出ると思ったが、素性の知れない僕たちを一応全員受け入れてくれるようだった。
アオイも顔を綻ばせて頭を下げる。僕もそれに倣った。
「皆さん……ありがとうございます! お世話になります」
「でもマーキュリーの言う通り、その探しものに当てはあるのかい?」
心配そうなソールさんの問いかけにアオイは即答した。
「ありません。明日、とりあえず都心部を探索してみようと思います」
「そうか……フユキ君も連れていく気かな?」
「そのつもりですが……」
僕はふと、最初に遭遇した武装猫が僕を見てやたら驚いていたのを思い出した。
「そのままじゃマズいかな。ニンゲンは本来地底世界にいないし、何より地底のネコにはニンゲンはとても恐ろしく残虐な生き物だって伝わっているんだ。ネコ
「そうなんですか……。着替えに大きめのパーカーなら持ってきてるけどかえって怪しいですよね。できれば連れていきたいけど……」
「私の魔法なら周りから猫に見えるようにできますよ」
ムーンさんが軽く杖を振ると「おぉ~」と声が上がる。全員分の目線が今度は僕に集まった。
「凄い! 猫だ、子猫になってるよキミ」
「フユキが猫になるとこんな感じか。本当に子供じゃねぇか」
「ふん……悪くないと思うけど」
「綺麗な毛並み……」
各々感想をこぼすが、自分の手を見ても、鏡を見せてもらっても何も変わっていない。本当に周りにだけ猫に見える魔法、らしい。
「外に行くならこれも必要じゃないかな。ニャイフォン」
ソールさんは薄い端末を机に置いた。よく目にする形状のものだ。裏にはリンゴではなく肉球のロゴが入っている。
なんとなく聞き覚えがあって、それでいて独特な響きに僕は思わず繰り返した。
「ニャイフォン……」
「そう。連絡を取るのに必須だからね。予備があってよかったよ。使い方は分かる?」
「似たようなものが元の世界にあるので、それと同じ感じなら……よかった、操作方法は大体わかります」
アオイの言う通り、UIこそ見たことのないものだが、触り慣れた形状、感覚が勝手に教えてくれる。操作は難しくなかった。
問題はそこではなく。
「なんて書いてあるんだろう……」
表示されている文字がどこの国のものにも当てはまらない。これでは操作はできても中身を理解することができない。むしろ普通に会話できているのが謎なくらいだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「あぁ、ごめんごめん。君達の言語は多分、地上と同じだから……これじゃないかな?」
ソールさんが横から軽く操作すると、途端に文字が読めるようになる。恐らく設定アプリをいじったのだろう。「宇宙語とかもあるんだよ。凄いだろう?」誰が使うのだろうか。
「星光団の連絡先は全員分入ってるからね。何かあったら気軽に連絡すればいいさ。宇宙にいても繋がるよ」
「何から何まで、本当にありがとうございます。……あ」
アオイが何かを思い立ったようにニャイフォンを操作しだす。
「どうしたの?」
「これ宇宙にも繋がるんですよね。なら元の世界の友達に電話かけられるか、ちょっと試してみたくて」
「アオイさんの異世界を渡る能力をニャイフォンに応用できれば、可能性はあるかもしれません」
ムーンさんは魔法使いだからか、その手のことには詳しいようだ。ソールさんたちも興味津々で覗き込む。
「異世界との通話かぁ。どんな感じか気になるね」
「まぁただの好奇心ですから、失敗しても全然――――」
言いながらアオイが発信ボタンを押すと、ニャイフォンから呼び出し音がはっきりと鳴り響いた。
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