第8話 決着
マーズさんは僕の提案に一瞬唖然としたが、すぐに目の色を変えた。
「お前、もしかして本物の剣でやれば俺が手加減して本気出せないとでも思ったか? なら見当違いだぜ」
風を切る音がしたと思えば眉間に剣が突き付けられていた。鉄の温度が伝わるほどの距離、少し頭を動かせば顔に切り傷が入るだろう。
「思ってません」
「それならいいんだが。時間もねえし行くか」
基地の中庭からは薄紫色の空が見えた。セントラル・サンの光は昨日のそれよりも弱まっているように見える。影こそ長く伸びていないが、これがこの世界の夕方らしい。
草木も自分の知っているものとは全く違う色や形をしていた。緑のものがひとつも見当たらない。夢の中にいる気分になる。
「さっきも言ったがこれじゃハンデにはならねぇぞ。俺は別に構わないが、このまま始めていいのか?」
確かに、この戦いで僕が勝機を見出すには少し要素が足りない。返答に詰まっていると横からアオイが声をかけてきた。
「忘れ物だよ」
握らされた物を確認すると、少しだけ血の付いたガラス片だった。この世界に来たばかりの時に僕が拾ったものだ。あの時からずっと持ってたのか。でも、何で今こんな物を?
それに映った自分と目が合って初めて気が付いた。ガラス片などではなかった。鏡だ。傾けると空の光を反射して輝く。何で今まで気付かなかったんだろう。
アオイは既に木の上で見物する姿勢をとっていた。どこから持ってきたのか、お菓子まで用意して。見世物じゃないぞ。
「なんだ、飛び道具か? いいぜ、たった一回のチャンスだ。当てれるもんなら当ててみな」
「あ……はい」
「さっき説明した通り、足裏以外が地面に着くか、中庭の外に出たら負けだ。準備はいいな。――――始め!」
言い終わると同時にマーズさんが突進してくる。僕は木刀をきつく握る。防ぎきれるだろうか。倒れないよう足に力を入れて、剣の動きを予測しなくては、
「ぅぐっ……!」
腹部に衝撃が走った。横凪ぎの攻撃を予想して木刀を構えた僕の隙をついて、剣の柄でみぞおちを突いたのだ。胃液がせり上がるほどに。
僕は耐えきれず、蹲り、吐いた。数週間何も食べていない口からは胃液以外何も出てこない。のたうち回るほどの痛みだったが、絶対に膝をつくわけにはいかない。
「勝負はついたも同然だが……まだやる気なのか? 一体何がそこまでそうさせるってんだ。さっきまでやる気ゼロだったのに」
今、マーズさんが僕を軽く蹴り飛ばせばこの勝負は終わる。そうしないのは一応の反撃の余地を残したからか、簡単に終わってしまうとつまらないからか。あるいは、僕の何かを試しているのか。
ぐるぐると、アオイの言葉が頭の中を支配していた。
『キミの未来は最悪だ』
『勝ったら続き見せてあげる』
『12月31日、キミが死ぬから』
『立て。キミはまだ、死んでいないんだから』
あれそういう意味だったのかよ。
僕はどんな死に方をするんだろう。あとで聞いておかないと。こんな時なのにどうでもいい思考ばかり巡る。それで今は、何の話をしていたんだっけ。動機か。それより早く立たないと、きっとこれ以上は待ってくれない。
「僕がまだ……死んでいないからです」
もう生きる気もないけど。
僕は精一杯の虚勢を張る。鈍痛が酷いが、無視する。
「そんなんじゃ人間は死にませんよ。刺し殺すつもりで来てください」
「これが殺し合いならそうなってたさ。お前は死にてえのか?」
「はい」
「そうか」
気配が消えた気がして、慌てて立ち上がり顔を上げた先には誰もいない。しまった、後ろか。僕が振り返るより早く、吹き飛ばされた。今度こそ横凪ぎの攻撃で。
「外に飛ばしたつもりだったが……運がいいな。それに大した根性じゃねえか」
なんて力だ。振った剣で人間を何メートルも飛ばすなんて。
全身が軋む。どこか折れているかもしれない。だけど木にぶつかった直後、枝にしがみついたからなんとか立っている。木刀はとうに手から離れたが、まだ終わっていない。足が無事なことを確認し、息をつく。
距離は取れている。ここを逃したら、もう後がない。
枝から手を離し、マーズさんめがけて駆け出した。視界の中でゆっくりと剣先がこちらに向く。
タイミングを見計らって、僕は鏡の欠片を真上に投げた。頭上でそれはセントラル・サンの光を受けて、鋭い光を放ったはずだ。警戒心の高い猫なら、それに反応しないはずがない。予想通り、マーズさんが一瞬上を見た。その一瞬でいい。
思いっきり跳躍し、飛び掛かる。依然、剣先が目の前にあるが気にしない。
「なっ……!? お前っ」
慌てた様子でマーズさんは剣を引っ込める。その時間を、飛び退く方に使われなくてよかった。
助走をつけた体当たりを受け止めきれず、僕共々地面に倒れこむ。
「お前、あと一瞬遅かったら刺さってたぞ! 死にてえからってこんなやり方があるか!」
「それでも、僕の、勝ちだ……!」
力が抜ける。体が言うことを聞かなくなって崩れ落ちた。もう指一本動かせそうにない。また倒れるのか。次に目覚めるのはいつなんだろう。
「ちょっとあんたたち! 何してるの!」
中庭の外から悲鳴のような声がした。
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