第7話 望まぬ未来
目の前には剣先があった。アオイは何を考えているんだ。僕がマーズさんと戦う? 彼が目にも止まらぬ速さで敵を斬り伏せたのを見ていなかったのか? 勝てるわけないだろ。
マーズさんも剣を納め、信じられないという顔で僕を見下ろした。
「アオイ、そりゃないぜ。俺は強い奴と勝負したいって言ってんだ。こいつは触っただけで折れそうな子供じゃねぇか」
「冬雪に勝ったら私と勝負しましょう」
「自分が出るまでもねぇってか? 随分と舐められたもんだ」
勝手に話が進んでいる。要は僕がさっさと負ければアオイの手札を見れるということだ。マーズさんとしても早いところ終わらせるのを望んでいるだろう。
そもそも、僕が出る必要ない。
「僕、見てるだけがいい……」
「冬雪がやらないなら私もやらないよ。探しものは遠ざかるけど」
「そういうわけだ。悪いが諦めるんだな」
やっぱりそうなるか。他に道がないのなら仕方ない。話を長引かせていてもアオイの気が変わりかねないからもう了承してしまおう。
「分かりました。外に出ますか?」
「そう来なくっちゃな。中庭があるんだ。そこで――」
「待った」
アオイに肩を掴まれる。この世界に来て何度目かの、嫌な予感。
「キミ、手を抜こうとしてない? 突っ立ってるだけで終わるだろとか思ってるでしょ」
もうバレた。めんどくさいし誤魔化す理由もないか。
「実際そうだろ」
「それは聞き捨てならねぇな。どんな状況だろうと俺との勝負で手を抜くのは許さねぇぞ」
マーズさんがキレた。戦うひととはそういうものなのだろうか。
「……すみません」
「まぁ、冬雪のモチベが上がらないのは仕方ないし……そうだ」
腕を引き寄せられる。同時に、額に肉球の感触がした。
あぁ、またか。そう思った時には視界が白み始めていた。
今度はどんな未来を見せられるのか知らないけど、きっと、ロクなことにならない。
「だから、ほんとに京花なんだって!」
僕ではない、自分の声がした。だけどこんな興奮気味の声は、今まで出したことがない。
目を開けると、草むらの真ん中で熱心に何かを訴える僕と、困惑気味にそれを聞いているほぼ唯一の友人がいた。傍には見知らぬ少女が2人。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……」
しばらくまともに顔も見ていなかった友人、
「や、冬雪が立ち直れてないのは知ってたけどさ。でも急にどうしたんだよ。京花が生き返ったとか……」
耳を疑った。日向は今なんて言った?
「そのままの意味だよ。声が一緒だろ?」
「いやいや、確かに声だけ似てるけど人違いだって! だって京花は……」
僕は何を言っているんだ。未来の僕が指し示す先のどこにも、京花はいない。気でも狂ったのだろうか。だとしたらこれ以上は見るに堪えない。
未来の僕の、すぐそばにいたピンクの髪の少女がなぜか目を輝かせながら幸せそうに笑った。
僕は、その表情を知っている。でも、そんなわけない。あるわけがないんだ。
「日向、本当に私なんだよ。生き返ったわけじゃないけど……」
言葉にならない感情が次から次へと溢れてくる。声が出せないことを酷く恨んだ。どうして、こんなことが起こっている?
手を伸ばせないのが、声をかけられないことがどうしようもなく悔しい。それでも、ずっとここにいたい。この時間を僕から奪わないでくれ。
だって、2週間前に聞いた声と全く変わっていない。
「おい、大丈夫かお前……」
床が冷たい。いつの間にか元の部屋に戻っていたらしい。視界がぼやけていて、周囲の状況がよく分からなかった。
「なぁ、こいつどうしちまったんだ」
「冬雪は大体いつもこんな感じですよ」
お前のせいだろうが。言い返したかったけど声が出ない。多分、そんなことはもうどうでもよかったのだろう。
もう勝負どころじゃない。さっき見た光景で頭がいっぱいで、それ以上のことを考えることすらままならない。もう二度と声も聞けないはずだったのに。
「勝ったらさっきの続き見せてあげる」
「っ、ふざけんな!!」
叫ばずにはいられなかった。人生で出したこともないその声が、思ったより大きくて情けなかったので、少しだけ冷静になった。
「まぁ、そうなるよね」
アオイが僕の前にしゃがんだ。
「じゃあキミの疑問に答えよう。あれは3年後のキミたち。あれは京花本人だけど生き返ったわけじゃない。生き返ることもない」
3年後。京花の遺書が見つかるのと同じ年だ。
何かが起こる。高校2年生のどこかで。
今の今まで、死んだはずなのに生きていることが気持ち悪かった。ずっと。死体が動いているようで。
未来なんか欲しくなかった。そこに京花はいないのだから。だけど今見たものはなんだ? この世界で時間遡行の手段を得たら、僕は何を変えてしまうんだ。僕はどうすればいい?
「何の話をしてるんだか知らないが、お前、何か酷い目に遭わされたような顔してるな」
声の主をすぐに思い出せなかった。マーズさんか。数分も経っていないはずなのに、随分久しぶりに声を聞いた気がした。
「それだけじゃねぇ。お前の目は最初から死んでたし、今にも挫けそうで、何もかも諦めちまいそうだ。そんな奴、今のニャンバラにはいくらでもいる」
だったら、何だというのか。顔を上げる気力もなく、一滴一滴濡れていく床を見つめ続けた。
「いいか。どんなに希望がなかろうが生きてるんだから立ち上がるしかねえんだよ。そんでどこへでもいいから踏み出してみろ。そうしないと見えてこねえもんだってあるはずだ」
力強く伸ばされたふわふわの手が見える。まさか、猫に説教されるとは。
たとえ間違っていても、僕は自分の計画のために動くしかないか。それでも、あの幻覚のことが気がかりだった。
「アオイ」
手を取る前に、僕は無意識に呼んでいた。
「あれは京花にとって良い未来なのか?」
「いや全く」
「……どうして」
淡々として、声だけは明るい、人間味のない冷めた返事。それが返ってくるはずだったのに。初対面で「キミの未来は最悪だ」と当たり前のように言ったアオイはそこで初めて、未来のことを一瞬言い淀んだ。
「あの3か月後、12月31日にキミが死ぬから」
「そうか」
僕にしか聞こえないような耳打ち。
大したことはない。むしろ遅いくらいだ。心臓が締められるような錯覚がして、少し息苦しい。頭痛も無気力も無視して立ち上がる。いつの間にか涙は涸れていた。
何も考えるな。少しでも気を抜くと何もかも潰れて一生動けなくなる。
「お待たせしました。中庭でやるんでしたね」
「お、おう。お前は武器も魔法も持ってなさそうだから、フェアにお互い木刀でいくか。なんならハンデもつけるか? 負ける気がしねえけどな」
「それなら、マーズさんはその剣を使ってください」
「……なんだって?」
「ハンデというのであれば、僕は棒切れで、あなたは
僕はマーズさんの背負った大剣を指さした。
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