第6話 提案と条件

 京花が死んだ次の日辺りから、周囲ではあらぬ噂が流れた。

 3人とも僕が殺したと。

 訂正して回る必要も気力もなかったから放置していたら、それが京花の妹の耳に入った。彼女は思い込みが強く、「姉が遺書を遺さないわけがない」と聞く耳を持たなかった。


 君は死ぬ時、何を思った?



「……だけどどうする? ……聞いてる、冬雪?」

 急に呼ばれて見渡すと、全員の視線が僕に集まっていた。考え事に耽っていたせいで、アオイたちの話が全く頭に入っていなかった。もしかして企みが顔に出ていたかもしれない。

「その顔は聞いてなかったね。ご飯用意してくれるみたいだけど、食べるでしょ? キミ2週間は何も食べてないんじゃないの」


 自分がいつ何を食べたかなんていちいち記憶していない。それでも「あの日」からそれくらい経ったのなら、そうなんだろう。最近はずっと、何か食べようなんて考えにも至っていなかったから。

 今も空腹ではないけれど、頭を働かせるために食事もしておいた方がよさそうだ。


「はい……えっと、いいんですか」

「もちろん! むしろそんなに食べてなかったなんて、信じられないよ。君たちの世界ではそれが普通なのかい?」

「……そういうわけでは……」

「まぁ、後で君たちの世界のこともよかったら教えてくれ。しばらくここにいるだろう?」

「そうなのですが、ここにいさせてもらう間何もしないわけにはいきません。戦うことはできませんが、雑用ならお任せください」


 横から入ったアオイの申し出に、ムーンさんがゆったりとした口調で答えた。


「お話の続きはご飯を食べながらにしましょう。できたらお呼びしますから、それまでゆっくりしていてください」

「そうだ。基地の中見て回ってもいいけど、フユキくんは無理しないようにな!」


 言い残してソールさんとムーンさんは部屋を出ていった。

 この世界よりも先に、まずはアオイのことを知る必要がある。アオイの能力はどれほどのものか、弱点はあるか、心を読めたりはするのか。雑談に交えて、不自然のないように聞かなくては。

 質問を選んでいるとアオイは迷う様子もなく立ち上がった。


「昨日軽く案内はされたけど、もう一回見て回るよ。キミはどうする?」

「僕も行く」


 ベッドから降りる、が足に力が入らずその場にへたり込んだ。起き上がったから頭痛も酷くなる。痛みで蹲りたくなるのを堪えた。


「丸1日寝てたからねぇ。横になってた方がいいんじゃない?」

「行ける。平気だ」


 差し出された手を無視して壁を支えに立ち上がる。別にそんな心配はしていないけれど一応、情が湧かないようにしなくては。今後アオイがどれだけ僕を守ろうとも、最後には裏切るか殺されるのだから。その上で、今はどんな無理を重ねてでもアオイのことを知らなくてはいけない。


「らしくないね。昨日は地面に転がって動こうとしなかったのに。2週間ぶりにちゃんとした睡眠とって考えが変わったのかな」


 冷や汗が伝った。アオイの目的を知った直後だ、下手な挙動を見せると疑われる。体調不良を盾に一度ベッドに戻ろうか。

 アオイの様子を横目で窺うと、何故か壁の方を見ていた。


「どの道、今はまだ散歩に行けそうにない。まだ挨拶が済んでないかたも、そこにいるからね」

「なんだ、気付いてやがったのか」


 部屋の外から声がした。そのまま、重い足音とともに剣を背負ったキジトラ猫が入ってくる。好戦的な目でアオイを見据えていた。


「そっちのニンゲン……フユキと言ったか。改めて、星光団のマーズだ。さっきの話で確信したぞ。アオイお前、?」

「……何故そう思うんですか?」

「そんなのお前の態度見てりゃ分かるぞ。襲撃に遭った後お前だけは無傷だった。明らかに戦った形跡があったのに、だ。それに、魔法使いでもないのに異世界にワープできる得体の知れない能力に2本の尻尾。どう考えてもただのネコじゃない。お人好しでよその事情に深入りしないあいつらならともかく、俺は誤魔化されないぞ」


 焦っているのかいないのか、アオイはしばらく黙っていた。最初の敵との話し合いも失敗していたし、こういう場をうまく切り抜けるのは苦手なのかもしれない。僕が割って入った方がいいのだろうか。だけど、うまく転べばアオイの本領を垣間見る機会になる。


「別に敵扱いしようってわけじゃない。俺はただ、お前の実力に興味があるだけだ」

「実力なんて、とんでもない。私はただの一般猫ですよ」


 それ絶対通用しないだろ。

 マーズさんは案の定呆れたように頭を掻いた。


「そんなわけねぇだろ。実際どうなんだ」

「戦いには慣れてません。これは本当ですよ」

「そうかよ。ならこうしようぜ」


 マーズさんはおもむろに背中の剣を抜き、アオイに突き付けた。


「俺と手合わせして、お前が勝ったらお前の素性にはこれ以上触れないでおくし、探しものの協力もする。だが俺が勝ったら、

「お断りしたら?」

「そう言うなって。どっちに転んでも悪い話じゃないぜ。星光団は軍の偵察なんかもやってるんだ。うまく潜り込めれば軍の機密とかすげぇ魔法使いにれる機会があるかもしれん。つまりお前たちの探しものの手がかりくらいは見つかるかもしれないってことだ。どうせなら自分で探したいだろ」


 少なからず魅力的な提案に思ったのか、アオイは俯いて少し考え込んでいた。


「……どうしてそんなことを?」

「俺は強い奴と勝負がしてえ。それだけだ」


 まっすぐな言葉。アオイはそれを受け取ったようにゆっくり頷く。

 そして何故か、僕の背中をバシッと叩いた。急なことに、たたらを踏みながらアオイより前に出る。


「ではこちらからも一つだけ。


 ……は?

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