第5話 ありもしない希望
時間遡行の手段、それがアオイの探しものか? それは確かに、魔法があるような異世界でもないと見つけられないかもしれないが。
ソールさんは顎に手を当て考え込む素振りを見せるが、明らかに言い渋っていた。
「あ、いや……確かにこの国は魔法が発展してはいるけど、誰も時空魔法は使えないはずだよ。タイムマシンみたいなものも、存在しない……かな」
「じゃあ作ります」
「えぇ!?」
何言ってるんだこいつ。あまりに突飛な発言ばかりで、明らかに困っているソールさんの反応を見て楽しんでると言われた方がまだ真実味がある。
時空魔法が見つからなかった時のことは、できれば想像したくなかった。見つかるまでずっとこの世界にいる、と言い出してもおかしくない雰囲気だったからだ。
正直アオイの事情はどうでもよかった。そんなの見つかっても見つからなくてもいいから、早く元の世界に帰してくれ。
「魔法のことはよく分かりませんが、簡単に見つかるとは思ってませんよ。探し甲斐があるというものです」
「いや、ないんだって……」
「でも、それに近いものはこの世界にあるはずなんです」
「残念ですが、時間の概念を正しく理解している者は誰もいないので、時空魔法を使える者もいないのです」
開いていたドアから、今度は白黒の猫が入ってきた。確か彼女も星光団の一員だ。戦場では杖を持っていたから、もしかして。
「あなたは、魔法使いの方ですか?」
「はい。ムーンと申します。お二方とも気になることはあると思いますが、まずは私からも一つ聞かせていただきたいのです。……あなたたちは、どうやってこの世界に来たのですか?」
「……どう、とは」
アオイは珍しく言葉に詰まっているようだった。
「そもそも地底世界と地上を行き来する手段はとても限られているのです。こちらから地上に出るのであれば魔法や特殊な技術を使えば可能ですが、地上から地底世界に来るのはほとんど事故でもない限り、ありえないことなのです。聞く限りですとあなた方はこの世界に来て初めて魔法に触れたようですし、なのに事故ではなく自分の意思でこちらにやってきた。一体、どうやって? 差し支えなければ、教えていただきたいのです」
それは当然の疑問といえばそうだった。自国が大変な時に、素性の知れない奴をいつまでも置いておくほど危機感がないわけではないだろう。
アオイは無意識か、2本の尻尾を振り子のように揺らしながら俯いている。話すと何か都合の悪いことでもあるのだろうか。
「あぁそうか。ムーンは地上と地底世界を行き来しているから、気になるんだな」
「そうです。同じ、地上を知る者同士として色々とお話したいと思いまして。答えたくなければ無理にとは言いません。おふたりが敵でないことは、分かっていますから」
「……いえ、話がややこしくなりそうなので黙っていたんですが、私たちが元々いたのは厳密にはこの星ではないんです。地上の情報はほとんど同じなんですが、私たちの世界には地底世界がないんです。もちろん魔法も。存在を知らないのではなく、実在しません」
パラレルワールドみたいなものか。なんて場所に連れてきたんだ。僕一人では絶対に帰れないことが判明してしまった。元より希望なんか持っていなかったけれど。
驚くソールさんたちと、アオイを睨む僕を無視して話は進んだ。
「それで、やってきた方法ですが、ご明察の通り私は魔法使いではありません。魔法でも、科学技術でもない力を使ったのですが、原理を説明できるものでもなくて……。でも、乱暴な言い方をするならここでいう魔法みたいなもの、でしょうか。うまくいくかは、賭けでしたが」
「そうまでして……君は時間をさかのぼる方法にたどり着いたら、どうするつもりなんだい?」
アオイは申し訳なさそうに笑った。答えはよくあるような動機で、どこか人間くさかった。
「ずっと後悔してることがあって。元の世界でそれをやり直そうかなって思ってます」
後悔、と聞いてとある計画が頭に浮かんだ。それはありもしない希望で、きっと正しいことなんかではなくて、失敗すれば最悪の場合僕は元の世界に帰れず、この、京花のいない世界で死ぬだけになってしまう。そんな悪巧みだった。
アオイより先に時間遡行の方法を見つける。もしくは見つけたところを奪う。
元の世界に帰ってからではダメだ。記憶が消されてしまう。この世界で遂行させるしかない。
懸念はいくつもある。今ここで2週間前に戻るとしたら、自分がその時いた場所ではなく、この世界での2週間前に飛ぶだけで元の世界に戻ることすらできないかもしれない。それはもう賭けだ。
何より、横取りするとなればアオイの隙をつくのが無理に近い。場合によってはアオイを殺す必要があるし、企みがバレて怒らせたらこの世界に置き去りにされるだろう。
賭けに失敗しても、アオイを怒らせても、奪い合いに負けても、そもそもの方法が見つからなくても終わりだ。
できれば思いつかない方がよかったのかもしれない。でも、一度頭に浮かんでしまったのだからやるしかない。
アオイの見せてきた未来では僕は生きていて、京花は遺書を遺していた。
あと3年も生きていたくないと、あの時は心底思ったけれど。
『あれは絶対に現実になるんだな』
『未来を変えようとしなければね。帰ったらここでの記憶はなくなるから、その心配もないけど』
遺書を追いかけるよりもずっと良くて、京花の死すらなかったことにできる可能性がほんの少しでもあるなら、もうそれしか見えなくなる。それ以外の未来なんか欲しくない。
やってやるよ。過去ごと未来を変えてやる。
未来を、京花のいるものに書き換える。どんな手を使っても。
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