第4話 猫たちの世界
川の傍で、誰かの水死体が上がっていた。誰かなんて見なくても分かる。
知らない人たちが彼女を囲んで何か言っている。救急車を呼ぼうと、携帯を取り出す人もいた。
もう助からないよ。今更そんなことするなよ。
そこで違和感に気付く。僕は京花の遺体を見ていない。だから、今ここに僕がいるのはおかしかった。
いきなり、彼女は起き上がり僕に近づいてきた。久しぶりに近くで見た君の顔。額を寄せる京花と目が合った。
「君に未来はないんだ。ごめんね」
枯れた彼岸花が足元で揺れていた。
頭が痛い。最悪の気分だ。ベッドの感触が違う。ここは家じゃない。どこだっけ。僕は京花と、……京花は死んだんだった。
何か、とても酷いものを見た気がする。違う、君が出てきた夢だから悪いわけがないんだ。
目を開けたくない。ずっとあの川辺にいれば君と一緒にいられたのに。
でも、誰かに起きろと言われている気がした。
「丸1日寝てたよキミ。ものすごくうなされてたけど」
知らない部屋で、人間みたいに服を着た黒猫に手を握られていた。すぐに、倒れる直前の記憶が蘇る。自殺したと思ったら異世界に連れてこられて、わけの分からない奴に探しものを手伝わされているんだった。
今の夢もアオイが見せたのか?
「何であんなの見せた」
「……何の話?」
見計らっていたように目の前のドアが開いて、額に菊の模様がある白猫が入ってきた。僕たちを助けてくれた時は確か、大きな剣を持っていた猫だ。
彼はほっとした表情で僕を見て、アオイの向かいにある椅子に腰掛けた。
「よかった、目が覚めたんだね! あ、起き上がらなくて大丈夫。昨日は災難だったね。ここは僕らの基地だから危険はないよ。まずは自己紹介させてくれ。僕はソール。もふネコ戦隊〝
「
「あぁ、そこからの説明になるんだった。……いや、それ以前に君はこの世界のことを何も知らないと、アオイさんから聞いてるよ」
そうだ。僕はここが猫だらけの異世界だということ、この国が戦争のただ中にあるということくらいしか知らない。
それと、僕らはなぜか、正当防衛であろうとこの世界の住民に決して危害を加えてはならないということ。例え殺されかけても。
その契約相手のガイアって誰なんだ。そう言いたかったが、その名前をここで出していいのか分からなかった。
「……はい。僕はアオイについてきただけなので」
「私がこの子を脅して振り回してるんです。部屋で寝てたところを誘拐してこの世界に連れてきました」
微妙に事実と違うアオイのトンデモ発言を、ソールさんが本気にしたかは分からない。だけど首を傾げて反応に困っているのは分かった。
「そ……そうなんだ? ニンゲンがネコに振り回される……珍しいこともあるんだね」
人間、どんなイメージ持たれてるんだ。
「話がそれたね。君がこの世界のことをよく知らないように、僕らも君たちのことをまだあまり聞けてないんだ。任務が忙しくてね。ふたりは地上世界から来たって聞いたけど、合ってるかい?」
「えっと……はい」
「一応、大体合ってます」
合ってはいるが、その言い方だとここが地下であるかのように聞こえる。窓の外には雲と、太陽(?)まで見えるというのに。一応とかいう、アオイの中途半端な回答も気にかかった。
「ここは僕たちの住む星、ガイアの内側にある地底世界なんだ」
ガイア。アオイが契約したとかいう相手と同じ名前。地球ではなくて、ガイア?
『誰か』のことじゃなかったのか。こいつは世界そのものと対話をしたとでも? どうやって、何のためにそこまで。
「どうしたんだい、フユキくん。どこか痛むのかい?」
ソールさんの心配そうな声で、我に返る。
アオイの顔からは何の感情も読み取れない。あからさまに表情を変えた僕を目線で咎めるでもなく、かといって自分はガイアという名前に少しも反応せず。
「なんでもありません。地底、なのに空が見えるのはなぜですか?」
「図で説明した方が早いな。待っててくれ」
ノートを取り出し、ソールさんは大きな円を描いた。
「これがガイア。ニンゲンとか他の生き物はみんな地上世界に住んでる」
円の外側に棒人間がいくつか足される。
「で、僕たちが今いるのはここだ」今度は内側に、二本足で立つ猫が追加された。
「つまりここは地上世界と地続きになってる地底世界なんだけど……ここまではいい?」
「でもこれだと、重力の中心が地殻にあることになってしまいます」
地底側の猫は、円の中心に頭を向けて、円の淵を隔てて地上の棒人間と足裏がくっつくように立っていた。
これだと今見えている空が星の内部、つまりこの星は空洞だということになる。そんなの聞いたことがない。オカルトとか、そっち系の話題でなら持ち上がりそうだけど。本当なら何で地上の誰も気付いていないんだ。
「その通り。ガイアの重力は地殻に向かって働いているんだ。ガイアの中心にあるのがこれ。今見えている、セントラル・サンだよ」
円の中に小さな円が追加された。セントラル・サン。それがこの世界における太陽か。
「このたいよ……セントラル・サンは沈んだりしないんですか?」
「沈む? 光が消えるってことかい? それなら、12時間おきにセントラル・サンは光がついたり消えたりするよ。完全に消えるわけじゃないけどね。今日はあと4時間もすれば夜になるかな」
そんな電灯みたいな。でもそれなら、日付感覚がなくなるというのもなさそうだ。
太陽が沈む概念を知らないということは、彼らは地上には行ったことがないのだろうか。地続きなら、地面を掘り進めれば地上にたどり着くことになるが。でも人間や、地上のことは伝わっているようだし……。
「ごめん、寝起きなのに情報量が多すぎたかな。聞いたところ君はまだ子供みたいだし、ついて来れてる? 一旦休むかい?」
「それは大丈夫です。続けてください」
頭はずっと痛いし疑問も尽きないが、平静を装った。アオイの探し物とやらのために、この世界のことを把握しておく必要がある。
「ここはニャガルタという国で、今いる基地はその首都、ニャンバラの端にある森の中だよ。軍の基地は都心部にあるんだけどね。敵国のニャルザル軍もここまでは攻めてこない。奴らは街を制圧して食料や資源なんかを持っていくからね」
「……基地というからには、ここは軍の土地なのかと思ってました」
「あぁ、僕らは軍のネコじゃない。むしろ彼らとは対立関係だ」
ソールさんはうつむき加減になり、少し声のトーンを落とした。
「今のニャンバラは、数年前地上からやってきた一匹のネコに築き上げられた。都市は目覚ましい発展を遂げたけど、資源を他国から奪い始めて……。そこからずっと戦争続きなんだ。僕ら5匹は軍の動向を偵察しながら、この世界を守るために活動している。それがもふネコ戦隊〝星光団〟。だから、君たちがこの国の者じゃなくとも、助けられてよかった。もし行くあてがないのなら、しばらくここにいてくれても構わない」
あの時、誰も来なかったらどうなっていたんだろう。こっちからは手出しができないから逃げるか、捕まっていたかもしれない。助かりたいとは、思っていなかったけれど。
僕が何か言う前にソールさんは顔を上げ、アオイを見据えた。
「……さぁ、僕らのことは大体話したよ。次は君たちのことを、そろそろ聞かせてくれないか」
「はい。冬雪が起きたらという約束でしたから。私は探しものをしにこの世界にやってきました。この子にも手伝ってもらうつもりです」
「探しもののために地底世界まで? 一体何を探しているんだい?」
アオイが一瞬だけ僕を見たような気がした。錯覚かもしれないが。
「時間遡行の魔法が使える方、もしくはその装置です」
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