第3話 君の遺書を追いかけて
「待った、先にこれ。裸足だと痛いでしょ。あと、死なないとケガもリセットされないから気を付けてね」
スニーカーを渡される。ケガをするのは別にいいけど、瓦礫だらけの道は裸足じゃ歩きづらい。
「で、ここはどういう世界なんだ。そもそも何探してるんだ」
受け取った靴を履きながら説明を促す。
「ここは結構ファンタジーな世界でね。見たらびっくりするかもよ。でも」
急に腕を引かれ、転びそうになる。いきなり何するんだ。
何かが割れる音に顔を上げると、近くの柱に弾がめり込んでいて、小さく煙が上っていた。遅れて、攻撃されたのだと気付く。
それが飛んできた方を振り返ればアオイと同じように服を着た2足歩行の猫が5匹、瓦礫の隙間に見えた。どうやらこの世界の住民はみんな猫の見た目をしているらしい。
アオイとの違いは、全身黒の戦闘服を纏い、各々銃や手榴弾などの武器を構え、こちらへの敵意をむき出しにしているところだ。僕らは丸腰だから、あまり警戒はされていないようだが。
「まずはあれをなんとかする」
「普通の大きさの猫っていないのか?」
「逆。キミが猫と同じサイズになってるの。それより」
アオイはすっと目を細め、1歩前へ出る。「下がってて」
「外したか。気付かれたな……いや、待て」
「尻尾が2本ある変な一般市民と思しきネコと、……ニンゲン!? ニンゲンがいます!」
「なぜここにニンゲンがいる!? 軍に報告しろ!」
「その
人間は一応存在するらしい。ニャルザルというのは、地名だろうか。アオイがすかさず解説する。
「ニャルザルってのはこの国の、海を挟んだところにある国。察してると思うけど、今めっちゃ戦争中だよ」
「何をコソコソと話している!」
「殺せ!」
爆弾が投げられ、発砲音がいくつも響く。死んだ。そう思った。
しかし一瞬だけ見たアオイの表情に全く焦りはなく、ただじっと相手を見据えていた。
「そこにいて」
直前でアオイは自分の背に僕を隠し、そこからどうなったかは分からない。煙で視界が遮られ、顔を覆うのに精一杯だったからだ。
瓦礫の崩れる音がする。どうせ生き返るっていうのに、なんで僕を守るんだろう。
そういえば、アオイが死んだらどうなる? 僕だけこの世界に置き去りか?
嫌な想像がいくつも駆け巡る。
「凄い精度だ! 全部命中だよ」
煙が晴れた時、僕はやっと周りの状態を把握できた。
アオイには傷一つついていない。しかし抉れて黒焦げになった地面や、辺りの柱が崩れかかっているのを見るに、今の攻撃は相当苛烈なものだったはずだ。
「なに驚いてんの。こっち来たときの方がびっくりしたでしょ?」
アオイは振り返って普通に笑った。「まさか、心配したとか?」
「当たっていない!? いやそんなはずは」
「こちら海岸部隊、作戦を中断しニャンバラの兵と思われる者たちと交戦中です。増援を――」
「必要ない、我々だけで突破する!」
アオイの一挙一動に、彼らは警戒し後ずさる。どこかと連絡しているようだ。
「私たちはこの国の者ではありませんし、戦うつもりもないんです。ただ、旅の道中なだけで――――」
「所詮よそ者、ニャンバラ側に付かんとも限らんな。どちらにせよ、我々の科学技術を弾くなど小癪な……。貴様、魔法とかいうのを使ったか!」
聞き慣れない言葉が出てきて、理解するのに時間がかかった。
魔法という単語は聞き覚えもあるし意味も知っている。だけど、だからこそこんな状況で出てくるような言葉ではなかったので、一瞬思考が固まった。ふざけているのかとすら思ってしまった。
『ここは結構ファンタジーな世界でね。見たらびっくりするかもよ』
じゃあ何か、アオイが攻撃を防げたのも僕に未来を見せてきたのも全部、こいつが魔法使いとかいうやつだからか?
「……そうなら、よかったのにね」
その声は小さすぎて、きっと相手方には聞こえていないだろう。
いつ向こうが銃を撃ってくるか分からない状況で、アオイだけはどこまでも冷静に見えた。
だから、崩れた柱が僕の頭上に落ちてきているのに最初に気付いたのも彼女だった。
「狙いはそっちか……!」
そんなことしなくてもいいのにアオイはまた、僕を守ろうとした。
目では追えない速さで跳び上がり、空中で柱を蹴り上げる。巨大な石は真っ二つに割れた。
一瞬だけ盾がいなくなった僕の目の前には、武装した猫たちがいた。
「ニンゲンの方は手負いだ」
銃声とともに胴体に衝撃が走った。撃たれたんだな、と他人事みたいに思う。
痛みはないが、急激に力が抜けるような感覚があって、その場に倒れこむ。せり上がってくる鉄臭さに咳き込めば、濁った色の血が吐き出されてはコンクリートに染み込んでいく。
腹のあたりが焼かれたように熱い。息をするのもままならない。恐らく、少し遅れて激痛もついてくるんだろう。さっき自分でつけた裂傷とは比べ物にならないくらいの。
「冬雪!」
「近付くな!」
すぐ近くで聞こえた呼びかけに答えようとしても、声が出ない。僕に銃口が向けられているせいで、アオイは近寄れない。身動きする度に血だまりは広がっていく。
なんか、ごめんな。守られたのも死にかけているのも全部、他人事みたいにしか思えなかった。でもどうせ生き返るから。
『じゃあね、元気でね』
久しぶりに京花のことを思い出す。あんなの、普通に今生の別れの言葉じゃないか。何で気付かなかったんだろう。死んだ日もずっといつもの感じで、帰りの別れ際まで笑顔で。君は最期、何を考えてた?
今すぐそっちに行けたらいいのに。
武装した足音が近づいてくる。だけど、
『水上京花の遺した遺書が読みたいなら立て』
さっきの言葉を思い出してしまったせいで、死ぬことでいっぱいだった頭の中が今更冴え渡った。同時に、耐えがたい程の激痛が走る。
「ぁ……が、っ……!」
「致命傷ではなかったか。変な動きをしてみろ。ニンゲンの方から殺してやる」
それでもやっぱり、思考は変に冷静だった。
死ぬのも痛いのも別に構わないし、どうせ生き返るからいいとして、この状況は僕の非力さが故だ。だから、ここは僕が落とし前を付ける必要がある。
手の中にはまだ、ガラス片があった。もし、目を狙うチャンスがあったなら。この中の誰かを潰せば彼らに隙ができるはずだ。あとはアオイがそこを叩けばいい。
本心を言えば、死ぬほど痛くて苦しいし死んだ方がマシだ。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。思うように動けないのと痛みで苛立ちが募る。
戦争だの魔法だのどうでもいい。関係ない奴巻き込むなよ。お前らだけでやっててくれよ。
でも、
『水上京花の残した遺書が読みたいなら立て』
それは呪いみたいなものだった。僕はなんとしても、それこそ地獄みたいな死に方を繰り返してでも帰らなければならない。僕に選択肢はない。
「冬雪、もう少しだ。あと少し耐えて」
アオイがわけのわからないことを言っている。それを解釈する余裕はなかった。
一番近くにいるのは、僕を撃った猫だ。足をかければ転ぶだろうか。
苦しみもがくふりをしながら、ガラス片を握り直した。
「殺すな!」
アオイが叫んだ。僕らを囲んでいる猫たちに言ったのかと思ったが、違った。
「いずれキミや、この世界の住民からも私たちの記憶は消えるが、ここでのことはなかったことにはならない。殺せば彼らは生き返らない。誰も殺さないという、ガイアとの契約のもと私たちはここにいるんだ!」
その場にいる誰もがアオイの言葉を理解できずにいた。ガイア? 契約? いや、そんなことより。
「でも、向こうは、殺しにきてる。なら」
「それでも、だ。私たちは何があっても、この世界の住人に危害を加えてはならない。悪いけど、ここは彼らに任せよう」
アオイの言葉と同時に光弾が飛んできて、僕らを囲んでいた5匹のうち3匹が爆発音とともに吹き飛んだ。目にも止まらぬ速さで飛び込んできた2つの影が、残りの奴に斬りかかる。ひと呼吸の間に、5匹は倒されていた。
「君たち、無事か!」
剣を持った白猫が振り返り、いくつかの足音とともに駆け寄ってきた。彼らにさっきの猫たちのような敵意は少しも感じられない。
「見慣れない顔だね。それに、君はニンゲンか! 酷いケガだ。どうやってここに?」
「ニャンバラに行こうとしてたのか?」
「ちょっと、喋ってる場合!? ……ユグドラシルの癒し!」
「うう……私だけ活躍できなかったぁ……」
「もしかして、地上から来たのですか?」
いきなり現れた5匹の猫に質問攻めにされたり杖を当てられたり、何が何だか分からなかった。アオイは助けが来るのも全部、見通していたのか?
「助けてくださってありがとうございます。旅をしていたのですが、迷ってしまって。よかったら、街がどちらにあるか教えてくれませんか?」
アオイが迷子を装って彼らと対話を試みる。その中の、杖を当ててきた三毛猫の魔法か何かか、撃たれた痛みはとうになくなっていた。僕も立ち上がってお礼を言おうとした、が酷いめまいがして再び膝をつく。
「冬雪?」
「ごめん、僕……」
そこまで言うのが限界で、力が抜ける。手の中のガラス片が落ちた。
周囲の声が遠くなっていく。もう、目も開けていられない。
誰かの温度と呼び声を感じながらも、急激な眠気に抗えず意識が溶けていく。
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