第2話 咄嗟に出た言葉は変なことが多い

 私の友人は少し変わっている。


 朝、鞄から荷物を取り出して机にしまう手はいつもより早い。もう少しでやって来る人の気配がして準備を急いでいた。

 すると予想していた通り、忙しない足音が私の席に近づいてくる。


「真由~!!」


 やはり予想通りの姿が目に飛び込んできた。


「昨日のMV見てくれた!?」


 加藤実咲と表示されたテロップの主は、他の人達と同様にのっぺらぼうの状態なのは変わらないが、ひとつ違う所があった。

 至近距離にある顔には暗い影がかかっており、上半分はどこから見ても黒く塗りつぶされていてそれが消えることはない。


 ごく稀に、そういう人がいる。そのひとりが私の友人だった。


「凄かったよね!?」

「凄かった凄かった。でもちょっと外出ようねー」


 その特異性は私しかわからないにしても、彼女の言動で普通に注目を浴びてしまう。入学早々に目立つのは控えたい。

 例の隣人が登校してきて無駄に関わりが増える前に、手を引いて廊下に連れ出した。


「だよね!! 今回はまた違うコンセプトで美しくて、いつも美しいけどさらに磨きがかかってたと言うか……」


 引っぱられている間も話続けていた彼女を見つめながら、廊下の壁にもたれる。

 こうして好きなアイドルのMVが公開されると、彼女は次の日必ずやって来て推しの愛やらを凄い勢いで語っていくのだ。普段から明るくて無邪気ではあるが、推しのことになるとより自由奔放になってしまっている。


 どうやら私に布教をしているらしいが、残念ながらそれが実る兆しはない。一応MVは見ているものの、髪の色や髪型が以前と変わっていたりするため、誰が誰なのかよくわからないまま終わってしまう。

 MVの中でも数回髪色や衣装が変わっていく様に、もはや何がなんだか。

 もう1回見たいとは思えないのが現状であった。


 でもこうやって話す実咲が少し羨ましくも感じていた。そんなにも好きになれるのはあまりないことだと思うし、私にはできないことだから。

 彼女が楽しそうに話す姿は好きだった。


 そんな彼女とは中学からの友人で、初めて話した時は当然怯えていたと思う。


 いや、顔に影があるのって純粋に怖くない?

 元々お顔がなくて表情がわからないのに、影なんて足されたら迫力が増して余計に怖いんよ……


 まあ実咲は醸し出す雰囲気が怖くなかったんだけど。感情がわかりやす過ぎるくらいに伝わってくるから、次第に気にしなくなった。

 これで無口だったら近づけない。笑顔浮かべてたとしても、見えないのだから浮かべてないのと同じようなものだ。


「真由、聞いてる?」

「あ、ごめん。聞いてなかった」

「酷い!これじゃ独り言になっちゃうじゃん!」


 でかい独り言だな。


 そんな実咲の言葉を遮るようにチャイムが鳴る。


「あ、戻らなきゃ。じゃあね」

「あ、ちょっと!……またお昼に聞いてね~!」


 名残惜しそうな素振りを見せてから廊下を走っていく姿を見送って席へ向かう。

 なんか疲れてしまった。私の気、実咲に吸いとられた感じがする。昼食を食べながらまた話を聞くことになりそうだ。

 既に座っている隣の席の人を見て、ため息をついた。


 ***


 帰り支度をしてさっさと出ていこう。少しでも関わる時間を無くすのだ。

 授業が終わり、そう意気込んでいた私を無情にも引き留める声がした。


「あ、待って行村さん!」


 振り返ってみれば、私を呼んだのはよりによって隣の席の人らしい。

 濱砂はますな結衣ゆいさん。彼女の瞳は私を真っ直ぐに捉えていた。


 その目に私が写っているのだとわかると、固まった体はまるで言うことを聞かない。

 何かやってしまったのかと、頭は体とは正反対に急速に回っていた。


「行村さん、テニス部のマネージャーやらない?」

「へっ」


 思いもよらない言葉に頭の回転も止まったような錯覚におちいる。

 今、なんて言いました……?


「一緒にやってくれる子探してて、もし部活決めてなかったらどうかな?」

「ひっ」

「……ひ?」


 口から漏れた悲鳴が運悪く彼女の耳にも届いてしまったらしいが、どちらにせよ私の答えは決まっている。


「ひ、一足先に決めてるのでごめんなさい」

「そっかぁ。教えてくれてありがとう。気が向いたら教えてね!」


 なんとか受け答えをすると彼女は手を振って足早に去っていった。私はというとその場で固まったまま。


 ……あっぶなぁぁぁ!

 え、あれ何だったの? 急に誘われたけど、なぜよりによって私!!

 誘う人はもっとお選びになった方がよろしいのでは!? 私がマネージャーやりそうに見えてました!?

 もしや近くにいたから気まぐれで?

 ……それだったらやっぱりあの席危険じゃないか! これからもそういうことが起こる可能性があるってことでしょ!?


 というか、「一足先に」って何!? 「ひ」から始まる言葉で反射的に出しちゃったけど、「一足先」は無いな!? もっと何かしらあっただろうに何でそれ選んじゃったかな!


 あと「気が向いたら」ってどういうことでしょうか。そんな気になることは未来永劫ありませんが!

 彼女と一緒にマネージャーをする選択肢なんて捨ててやる!! あばよ!!  星にでもなってどっかで勝手に煌めいてな!!


 それにしても先ほどの私は酷く怯えた顔をしていなかったか。非常事態に私の感情が表に出ていなかったことを祈ろう。

 そうじゃないと不審に思われてしまう。クラスメイトに話しかけられ、部活の誘いを受けただけで怯えるなんて過剰な反応じゃないだろうか。

 もう考えるのが嫌になってきて、凍りついた体を無理矢理動かし、教室を飛び出した。


 ああ、早く離れたい! 早いとこ席替えしたいな!!!


 ***


 古典の授業は皆を眠りに誘うのだろうか。

 かくんかくんと頭が動いている人、もはや腕を枕にして眠りの態勢に入っている人など様々だ。

 しかし授業中だからといって油断してはならない。これはある意味危険な時間なのだ。物理的に逃げることができないのだから。


 英語もそうだが、古典でも小テストがあり隣同士交換して答え合わせをする。まだ古典のような板書を写す授業はいいが、英語は特に会話だったりが大切だから嫌でも話さなくてはいけない。


 隣の、濱砂さんと関わりたくないと思っているのに、授業で彼女のことを知っていくのはなかなかに苦痛だ。

 男子テニス部のマネージャーをしているらしく、あの時誘われたのはそれかと納得はいったが承諾はしない。


 そして彼女の好きなこととか、そんな情報はいらないので記憶から出ていってくれないかな。私の頭から家出しておくれ。あ、帰ってくるなよ!


 ……まあそれは一旦置いとくとして。

 この世界、何かしらの作品の中で殺人事件が起きたりするものでないという確信が欲しい。例えばそう、ミステリーやホラーといったジャンルでないといい。

 ジャンルが恋愛でも安心はできないが、安心感が欲しい。

 人はいつか死ぬ生き物であるし、それがいつかはわからない。それでも回避できるものならしたいと思うのは当然ではないだろうか。

 でもそれを把握するには、彼らに近づいてある程度仲良くならなければならない。


 ……そんなこと出来るかぁぁぁ!!

 それで面倒なことに巻き込まれたらどうするんだ! ただでさえ、ほとんどの人がのっぺらぼうに見えてるのにこれ以上はいらん!

 呪いか? 私誰かに呪われでもしたんか? 前世大悪党だったりしたんか?

 そんな壁ばかり立ち塞がって、受けて立てるほど私は強くないんだわこんちくしょー!!


 ……いけないいけない。お顔がある人に関わるとつい取り乱してしまうの直さなくては。いつも動揺してたら疲れてしまう。


 それにしても、前の席に座っている男の子の髪の毛もふもふだな。触ったら気持ち良さそう。

 まあお顔はないが、それでいい。それが、いい。

 こうして後ろから見ると顔があるなし関係なくていいし、授業中はそこら辺気にしなくいていいから少し楽だな。


 それを口に出すことはないが、連日のストレスで疲弊した頭は現実逃避をし、体は癒しを求めていた。

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