五人家族

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里美の出産後、予定通りドイツへと戻ったはずの修二が諸事情により自宅にいる。

双子も退院し、ついに本格的な年子三人育児が始まる。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

本当ならば、家族揃って暮らすことが願いだった。

元気に逞しく産まれて育ってくれたらそれで良かった。

人生、上手くいかないことばかりだけど、その中でも時には嬉しい事も有り、それは周囲の環境だったり自分の行いだったり。

まずは家族と過ごせる状況を与えてくれた事に感謝する。


二日前、末の娘たちがようやく退院し我が家に家族がそろった。

夏の終わりに誕生した娘たちは約二ヶ月の入院生活で規定の体重を超え、不安定だった肺機能も安定し退院の運びとなった。


俺はドイツ支部職員の指示により日本に帰国し、短い期間ではあるが落ち着いた日々の合間をぬって休暇を取らせてもらっている。


ドイツへの辞令を受け、桃瀬の出産が数ヶ月後に迫る時期の出国でタイミングは最悪だったが、幸運が重なり双子の出産に立ち会うことができた。


母体にはかなりの無理をさせてしまったと思う。

一歳に満たない長男のこと、これから産まれる双子のこと、それから現地の社会情勢のこと等、不安にさせてしまう事ばかりだった。


ドイツへ直前には俺も銃撃され、それが全てを物語っていた。


しかしいざ現地へ渡ってみると、想像していたほど現地の情勢は酷い状況ではなく一安心した程。


桃瀬の産後、職務に戻るため再びドイツへ渡ったのだが、現地の職員へ妻の出産を報告すると俺は盛大な非難を浴びたのだ。



辞令が出てからこんな事が起きるのかと、この状況については其々の人事部に任せる事しかできず、それに従うしかなかった。


ドイツでは子どもが誕生すると育児のため休暇をとる男性が多いらしい。


「奥さん置いてきたの!?赤ちゃんは?ありえない!」


産まれた子どもたちは小さくまだ入院しているのだと伝えると、育休移動のシステムを勧められ退院のタイミングで取得可能だと教わりその頃に日本に帰るのはどうかと問われた。

俺はありがたくそのシステムを利用させてもらうことにした。


辞令が出る前、かつてはドイツ勤務だった俺と桃瀬。

その二人が現在夫婦ならば是非とも揃ってきて欲しいと日本側はオファーを受けていたらしい。

しかし人事部はそれを許可しなかった。

恐らく新たな組織は桃瀬を渡したくなかったのだ。

それに数ヶ月後には産休入りすることが決まっていたこともあり、それは結局無くなり俺一人に辞令が出た。


久しぶりに再会したドイツの人々は俺のことを『妻と産まれたばかりの子どもを置いて来た男』扱いしたが、そもそも仕事だし本部の命令でありそれに従っただけなのだ。

そもそも日本とドイツでは育児制度も異なるし、仕方ないと思うのだが…

その後、ドイツ側からは妻の出産のことを聞いていなかったと謝罪があり、この国の育児制度は男女共にかなり整っているのだと実感したほどだ。



『賀城の家庭では奥さんが出産したばかりだと聞いている。それにまだ小さな上の子もいることも聞いている。

こちらの都合で申し訳ないが、この任務を終える半年間だけ我々と勤務してもらいたい。』



こんな複雑な流れもあり双子の誕生から二ヶ月後、まずは育休の移動を利用するため、退院のタイミングに合わせ再び日本の地へ降り立った。

あんなに悩みと不安に駆られていた現地の社会情勢も身構える程ではなく、蓋を開けて見れば俺一人が振り回されたのだった。

はっきり言いたいのは産後間もない妻と子どもを置いてドイツへ渡ったわけではなく、あくまでも仕事として辞令を受けてのことなのだ。



そして二ヶ月ぶりに再び帰国した俺は、暫しの育児休暇を取ることとなった。

最大一年間、男性も手当てを受けながら休暇を取得できる。

だが実際は仕事柄一年も取得するわけにはいかず三週間と申し出たが、一ヵ月…三ヵ月は取得して欲しいと依頼を受けた。

三か月などどう考えても無理だ。

その背景には俺と桃瀬という特殊な立場が夫婦となり、子どもを産み育てることを今後のモデルケースとして推奨したいという背景があるらしい。

そして民間人にこの育児制度を浸透させるためには、国の職員が率先して男性も育児のための休暇を取得しなければという事情も。


人にもよるだろうが、休暇を取得した男性の中にはまるで自身の長期休暇のような過ごし方をする人もいるらしい。

他所の家庭のことへなど口出しする権利も気力もなく、そもそも我が家の場合は年子で長男と産まれたばかりの双子の育児中であり、どう考えてものんびりと休んでいる余裕などないのだ。

今の時点で既にてんてこ舞いだった。


そんなわけでこれから約一ヵ月、可愛い三人の子どもを精一杯手塩にかけて世話する日々がスタートする。



双子誕生から二ヶ月。

小さかった娘たちも、呼吸が安定し体重も増え二人揃って退院した。


本日の外は生憎の大雨。

先日一歳を迎え最近よたよたと歩き始めた長男だけでも外へ連れ出し、桃瀬の身体を休ませてやりたかったのだが家の中で過ごすとやはり息子は『ママ!ママ!』となってしまうものだ。

どうやら桃瀬も二人の頻回授乳にオムツ替え、更には亮二も授乳中であり、そしてオムツが外れている訳でもなく、一日中子どものために時間を費やす。

これはどう考えても一人では負担だろう。


「国道沿いに新しいカフェができてね、ケーキが可愛いのよ。ほら、これ!テイクアウトもできるんだって。買いに行かない?」


確か小さなカフェみたいな店ができるらしいと、ドイツに行く前、部署の女性陣がそんなことを言っていたような気がする。

桃瀬だって自分で運転できるのだから好きな時に行けばいいものの、今は色々と我慢の時なのかもしれない。

誘われたということは、車を出してという意味なのだろうか?

または新生児の子どもを車に乗せてでも、気晴らしにドライブがしたいというリクエストだろうか?

亮二は掴まり立ちも始まったことだし次の休みには男二人で公園にでも。


…なんて思っていたのに天気は酷いものだ。


かなりのママっ子な亮二だったが、だいぶ俺とも仲良くなって手を繋いでお散歩なんていう親子らしいことができる日もそう遠くはなさそうだ。

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