小さな君と。

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修二は妹に彼女である里美を紹介する。

それをきっかけに修二の口から普段は語られない亡き両親のこと、妹への思いが語られるのだった。

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今夜の情交も終え、ベッドの上で肌の温もりを互いに感じていると思い出したかのように修二が口にした。


「…次の土曜日さ、奈々が俺ん家に来るんだけど桃瀬も一緒に出掛けないか?」


修二の言う『奈々』とは彼の妹だ。

付き合う前から妹の奈々の存在は聞いていたが、まだ実際に会った事はなかった。


「あいつ来年一年生なんだよ。けどさ、俺あのくらいの歳の子が何したら喜んでくれるのかいまいちわかんないんだよな。…ってわけで、里美ちゃんいろいろサポート頼むよ。」

「そっかぁ…別にいいんだけどさ、お兄ちゃんが一緒に出かけてくれるなら奈々ちゃんは何処に行ったって嬉しいんじゃないの?とりあえず本人に聞いてみたら?」

「そうだな。明日にでも電話して聞いてみるか。」


一年生とは小学校の一年生、奈々は修二の十五歳下の妹である。

生まれた翌年から施設で育っており、修二が高校を卒業して一人暮らしをするようになってからは数ヶ月に1度は一緒に出かけ兄妹の時間を過ごしていた。


「修二くんのご両親って…どうして亡くなったの?」


「あー」

「あっ、何かごめんね、話したくないよね。私も両親亡くなってて…私の中では月日が解決してくれたというか…もう気持ちは癒えてるけど、誰もがそういうわけじゃないものね。」


「うちの親はさ、母親の方が先に死んだんだ。妹が生まれた時にな。よくはわからないんだが、出産が上手く進まなくて結果的には出血多量だったんだってさ。」

「そうだったの…」

「あの頃、俺のあの年齢で妹か弟ができるなって思ってもいなくてさ。普通十年以上も一人っ子だったらこのまま兄弟なんて増えないと思うもんだろ?聞いた時はびっくりしたよ。」


修二は昔を思い出し、目を細めながら語りだした。


「奈々が生まれる時って俺、高校受験の年で勉強ばっかりしててさ。親も久しぶりに盛り上がったのかもなぁ。」

「それはわかんないけど…そろそろ弟か妹でも。…って思ったんじゃないの?」


彼氏の亡き両親の夫婦事情など分かりかねるが、それも無きにしも非ずだと正直里美は感じた。


「でさ、父さんは奈々が一歳になる前に死んだんだ。親戚からは事故って聞かされてるけど多分自殺なんだよ。小さい奈々を一人で育てるの疲れちまったんだろうな。俺もいたけど…そりゃあ家にいるときは面倒を見たこともあるけど高校生にもなれば友達との時間を優先させちゃってたから。バイトもしてたし。」


修二がこうやって自分のことを詳しく語る事は珍しい。

修二も里美も互いに両親を亡くしていたり歳の離れた妹がいたり共通点もあり親しくなったのも事実だったが、それぞれ詳細についてはあまり知らなかった。



「もしもし、賀城です。こんにちは、奈々います?」


「あら修二くん、こんにちは。元気にしてる?大学生活はどう?順調?」

「今年から就活なんですよ。勉強もなかなか忙しくて。」

「頭のいい大学に進んで、私たちも嬉しいもんよ。…待ってね、奈々ちゃん呼んでくるわね。」


かつて修二も暮らしていた施設の職員とは、奈々の事もあり度々連絡を取っていた。

大学生である自分に何か大きな事が出来る訳ではないが、あと数年もすれば妹への金銭的なサポートや、この施設にも少しずつ恩返しが出来る様な気がしていた。


「おにいちゃーん?なな、もうねるところだったのに。」

「悪い悪い。奈々、元気か?今日は何してた?」

「きょうはねー、ようちえんでプールしたの!でねー、おかおにみず、いっぱいばしゃんしたけどもうなかなかったの。もうおねえさんだから、だいじょうぶだった!」

「おぉ、お姉ちゃんになったな。ところで奈々さ、またお兄ちゃんとお出かけしようか。」

「やったー!するー!」

「じゃあ、いい子にしていっぱいご飯食べて、お休みの日に一緒に遊ぼうな。」


修二が高校を卒業するまで、妹の奈々や他の子どもたちと一緒に過ごした施設へは時々このように連絡を入れていた。


妹がいなければこんなことはしないかもしれないが、中学生という多感な時期からあの場所で暮らし、修二にとっては三年ちょっとの暮らしだったが、両親を亡くし引き取り手がなかった身として兄妹揃って受け入れてもらいとても感謝している。


生活環境の変化に加え、年齢的なこともあり荒れた時期もあったが、小さな妹を守りたいという思いはいつも心の根本にあり、良い大学で学び、将来は良い会社で働きたい。

そんな思いで日々勉学に励んできた。


元々勉強はできる方だが、目指すなら国立大、目指すなら国の機関で勤務したい。


修二の目標と学力はずば抜けていて、施設職員を驚かせたものだ。



某日


「しゅーじおにぃちゃーん!」


遠目から元気に走ってくる奈々が、駆け寄ってくると修二の足元に勢いよく抱きついた。

相変わらず可愛い存在の妹、就職先が決まった後には引き取り一緒に生活することも考えたが正直それは様々な意味で厳しいような気がしていた。


「おー、奈々!大きくなったなぁ!お兄ちゃんがプレゼントしたお洋服着てきてくれたのか。」

「ななねー、これかわいいくていっぱい着てるよ!」


腰には大きなリボンが結ばれているひまわりのプリントがされたブルーのワンピースは、修二が誕生日にプレゼントした服だった。


「おねーちゃん、だぁれー?」

「修二お兄ちゃんと仲良しのお友達なんだ。『さとみ』って言うの、よろしくね。」

「なんさい?」

「20歳だよ。」

「おねーちゃん、おっきいねー!」


里美は子どもらしい奈々の反応に、修二がメロメロになるのもすぐに理解できた。


「奈々?いま奈々が着てるひまわりのワンピースも、お兄ちゃんと里美おねぇちゃんが一緒に選んだんだぞ。」


修二に抱っこしてもらっている奈々はとても嬉しそうにくっついている。

あいにくこのような状況では里美は修二の手を握ることはできないが、今日は元々デートではないのだ。

兄の彼女である里美を奈々に紹介する意味も併せて今日は一緒に連れてきた。


「おねえちゃん、このかわいいおようふく、ありがとー!」


ニコニコと元気に話す奈々の目と笑った口元は兄、修二にそっくりだった。

三人でカラオケを楽しみ、優しい里美にすっかり懐き奈々はずっと手を引いている。


「これね、ようちえんでみんなでうたってるおうたなの。これながして!」


修二も里美も奈々が歌うその曲名がわからず、歌詞を頼りにスマホで調べると、今女児に人気のアニメソングらしい。


「奈々、お兄ちゃんの所にもおいでよ。」


修二が手を広げると膝の上にちょこんと座り、張り切って歌う奈々の持つマイクがとても大きく見えた。


「ななね、こんどがっこういくんだよー。いちねんせいなったらねー、おにいちゃんといっしょのおうち?」

「ん?一緒のお家にはならないかな。今と一緒。先生とみんなと一緒に暮らすの。ランドセル背負って学校行ってるお兄ちゃんたちがいるだろ?」

「ななのランドセル、なにいろ?」

「そっか…ランドセル。よし!奈々のランドセルはお兄ちゃん頑張って買ってやる!」

「うわぁ!やったぁぁぁ!」


キャーキャーと喜ぶ奈々を目の前に、ランドセルとは一体いくらするのだろうかと不安になるが、口にしてしまったことに加えこの喜び方を見た以上取りやめることは不可だろう。


「なぁ、桃瀬ランドセルっていくらするんだ?」

「4…5万くらい?」


小声で問われた質問に、里美はなんとなくの予想で答えたが、後々調べてみると実際メインの価格帯はそんなもんだった。



あれから、妹の奈々の成長は本来ならば他人である里美も一緒に見守ってきた。

小学校の入学式に運動会、年変わりの行事に卒業式。

途中何年か、大人の都合でその成長を見守ることができなかった年もあったが、今では再び寄り添うことができている。


「お兄ちゃん!赤ちゃんどこー?」


バタバタと賀城家にやってきたセーラー服姿の中学生になった奈々。

秋に出産を終えたが低体重児だったことで入院が続いており、ようやく退院の日を迎え対面できると連絡を受け駆けつけたのだ。


「うわぁ…可愛い。赤ちゃんてこんなにちっちゃいのね…私と血のつながりがある子が生まれたなんて不思議だな。亮二くーん…」


退院して来た亮二の姿を見て、いつも自分を可愛がってくれた兄にも大切な存在が増え、いつまでも子どもでいてはいけないと感じ始めていた。

奈々は歳の離れた弟ができたかのようなそんな気持ちで、何とも言えない不思議で癒される温かな気持ちだった。


「里美ちゃん、生んでくれてありがとう!」

「いや…奈々待て?お兄ちゃんの子だからな?」

「そんなのわかってるよ。可愛い子、生んでくれてありがとうって意味だよ。奈々の子にするわけじゃん。」


奈々は自分が生まれたばかりのあの頃の兄、修二の溺愛する気持ちが今ならわかるような気がした。

スマホで写真を撮り、早速壁紙に設定している。


「亮二くんいつ起きるの?赤ちゃんってすぐ泣くんじゃないの?奈々、抱っこしたいなー。」

「抱っこする?そろそろおっぱいもあげたいから、起きちゃっても大丈夫だよ。」


里美が亮二の首の後ろに手を添えながら抱き上げると、そのまま奈々の腕の中へ包まれた。

施設で一緒に暮らす乳児がいることもあってか、意外にも首座り前の赤ちゃんであっても奈々の抱き方に安定感があることに二人は驚いた。


「抱くの上手いな。」

「ね、奈々ちゃんが抱いても全然起きないね。」


奈々は物心がついてから自分に両親がいない理由を知り、自分の存在により兄を悲しませた事実に対しどうしようもできなかったが、自身が明るく元気に生きることが亡き両親と兄の喜びのような気がしていた。



『亮二くん、キミも元気いっぱい生きるんだよ。』



この世に生まれた小さな命。

両親の愛の元、まだまだ小さな身体で懸命に生きてゆくであろう。

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