迷い

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賀城夫妻の学生時代からの友人、利佳子視線でのストーリー。

妊娠がわかりお腹の子の父親について悩む里美から相談を受けるが、その内容は違う意味で驚くものだった。

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今朝、里美から届いた一通のメール。


「相談したいことがあるの。今日、仕事終わりに時間ある?」


数日前、本人から直接妊娠していることを告げられた。

正直、「このタイミングでありえない。」と思ってしまった自分に対し同じ女性として生きる者として最低だと思ったが、自分が一組の男女の関係にあれこれ口を出すことではないと気付いてからはある程度のサポートはしてあげようという考えに変わった。

それは彼らと長年の付き合いがあるからこそのこと。

その前日、職場で体調不良を訴え医務室の判断で病院へ運ばれた里美。

一時は視界不良を訴えたことにより脳内の異常も疑われたのだが、結論はそういうことだった。


相談とは…

当然のように子どもの父親はあの彼だと思っていたのだが、まさか違うのだろうか。

または授かった命を堕すとでもいうのだろうか。

確かに報告をしてきた際の本人は困惑したような表情だったが、突然妊娠の事実を知ればそれは色々な感情に振り回されたとしても不思議ではない。

実際のところ、二人にとってこの現実は望んでいたことなのか私には分かり兼ねるが、予想外の出来事ならば尚更だろう。

真相は本人に会って話してみなければわからないが、私は了承の旨を返信した。



「で、里美、相談っていうのは何なの?」

「あーうん…んーっとさ、えーっと…あの、そのさ…」

「何?仕事のこと?あなたのお腹の子のこと?それとも修二くん?」


私の執務室にやってきた里美は、口を尖らせながらホットコーヒーが注がれたカップを持ちそれを見つめるだけ。


「あなた、コーヒー大丈夫なの?カフェインって妊婦さんにはあまり良くないって言うじゃない?」

「うーん。ちょっとだけだからぁ…」


ハッキリしない里美のその表情にまさかとは思ったが、念のため確認をしておかなければならなかった。


「お腹の子の父親は修二くんなのよね?」

「…んーそうだとは思うんだけど…」

「…だと思う?」


そう来たか。

まさかとは思っていたが、やはりそうなのか?

先ほどからハッキリしない里美に若干苛立ちながらも妊婦さんの手前冷静に、それに青春時代を過ごした後輩であり古い友人であり、なるべく寄り添ってあげたいという思いはあった。

私が想定している相手とは違う、疑いたくはないが里美には子どもができるような行為をする心当たりの人物が別にいるのだろうか。


「まぁ…とりあえずいいわ、本題は何なの?」


勝手な推察による若干の動揺を見せぬよう、私はいつも通りの冷静を装った。


「あっ…私さ、産みたくて。利佳子…私このまま産んでいいと思う?」


なぜ自分に聞いてくるのか。

一瞬疑問に感じたが、なんとなくだがすぐに理解できた。

里美自身に何かしらの迷いがあるのだろう。


「それはあなたと修二くんが決めることなんじゃなくて?私の許可なんて必要ないでしょ。

それに今『産みたい。』って言ったのが本心なんでしょ。」


里美は恐らく仕事を離れなければならないことに大きな不安を感じているのだ。

二七歳、女性としてはトントン拍子に昇進し、親の立場を利用していると陰で言う者もいるようだがそれは違うだろう。

彼女はヨーロッパ支部でも実力を買われ、フランスとドイツ兼任で2年強任務に就いた。

それに元々得ていた英語は流暢で素晴らしいし、幼少期のアメリカ暮らしが影響してか性格も人懐っこく年上から可愛がられるタイプであり、そんな環境で培ってきた経歴から離れることへの不安は充分に理解できる。

あの仕事で見せるあの潔さや自信はプライベートな事となると何処へ行ってしまうのだろうか。

それからお腹に宿った新たな命、その父親のことも。

決して今すぐというわけではないが、出産を望むのであれば仕事を離れる時期が来ることは明らかであり、立場上完全に同様の仕事をこなす代わりの人物を配置させることは難しかった。


「『産みたい。』って言ったのが本心なんでしょ。」という私の言葉からなのだろうか、少しホッとしたような表情を見せる里美に再度確認する。


「あなた、さっきはぐらかしたけど、まさか相手は修二くんじゃないの?」

「そうだとは思うんだけどさ、わかんないのよ。」

「だと思うっていうのが、どういう事なのか理解できないんだけど?」


「してたのよ、避妊は。修二くんは最後、出す時そういうの最近はちゃんとするし…なのに妊娠してるって言われて。私、もしかしたら酔った勢いで誰かとしてたのかもしれないって思ったら怖くなって。」

「確認するけど挿れる時から付けてたの?」

「最初のうちはそのまま挿れたり…それはさ、たまにするけど…ちょっとだけだし。彼、出す時は着けてるもの。」

「あなたねぇ、大人よね?子どもじゃないんだから。それ、ちゃんとした避妊になってないでしょうに。付けないで挿入している時点で妊娠する可能性はあるのわからない?」


里美はなんとなく修二の名前を出すのが恥じているように見える。

旧友二人の生々しい話を聞くのは好まないが、しかしそんな知識でよく男女の中を続けて来たものだと私は頭を抱えた。

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