愛、そして外された指輪
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二人が再会し、子どもを授かるまでに起きていた辛い過去とは…
大学時代。付き合い始めて最初の春、同棲生活を始めた二人。
しかし少しずつ変化してゆく里美の心と身体は限界を迎えていた。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
修二くんと私は大学二年の春から同棲を始めた。
それはそれは嬉しくて楽しくて、学校もバイトも頑張った。
それぞれの家で暮らしていた時と違って、家に帰ればいつでも会える。
そんな幸せな毎日がいつまでも続くものだと思っていた。
だけど一緒にいる時間が増えて、今まで気づかなかったことを知るようになって私の心のはだんだんとグラついていった。
…
「待って、修二くん明日も飲み会なの?私やっとバイト休みなのに…言ってあったよね?久しぶりにご飯行こうねって。」
やっと学校終わり、二人きりでのんびり過ごせると思っていたのに飲み会だなんて。
「飲み会あるって言ってあったよ?じゃあ桃瀬もおいでよ。いつものあいつらだし、女の子はいないけど大丈夫だよ。」
「そうじゃないよ。一緒に飲み会に行きたいとかそういうことじゃなくてさ…
わかんないかなぁ。忙しいのはお互い一緒だよね?最近一緒にゆっくりできてなかったから、ご飯食べに行ったり仲良くできるかなって思ってたのに。」
「あー、悪い。俺もさ就活スタートしたし考えることも多いんだよ。友達も大事だしみんな時間も無くなってくるし、今のうちにな。」
同棲を始めて半年、今まで修二が住んでいたアパートに転がり込んだこともあり家賃は引き続き修二が払ってくれていた。
代わりに食費、生活費は里美が支払うことになり、そんな生活が続いていた。
それに将来のためにお金も貯めたい。
「スーツも新しく買ったし金かかるし、もちろん家賃もあるしさ。俺ももっと稼がないとな…」
そんな生活スタイルの食い違いから揉めることもあったが、基本は仲が良かった。
成績優秀、特待生として全額学費を賄っている修二なだけあり、就職先も難なく決まったのは本人でさえも驚きだった。
内定が出てからは里美との時間を大切にしてくれて、心の安らぎが戻って来たように思っていた。
だけど、どこか心のモヤモヤが残ったまま、そしてイライラすることが増え自分自身の変化を感じていた。
『何かがおかしい…』
仲間内で遊んだり飲みに行っても、女の子も含め誰にでも優しい修二くん。
最初はそんなところも彼に惹かれた理由だったけど、その時の私は冷静な感情を抱けていなかった。
(私だけに優しくして!他の女の子となんて喋らないで!)
嫉妬なのか、ただのワガママなのか。
あの頃は二人揃って家に帰っても不貞腐れた態度を取っちゃったり、最低だったと思う。
自分で言うのもアレだけど、どちらかといえば穏やかな性格だし、健康体だと思っていたけど日常的に息苦しさを感じ、眠れない日々が続いたかと思えば深く寝込んだり。
いろいろなことが変だった。
信頼のおける友達にこっそり打ち明けたところ、病院を受診したほうが良いんじゃないかとのこと。
修二くんにも黙って一人で病院に行った。
何科が良いのか分からずに症状を伝え総合病院を受診したら、通されたのは心療内科。
「今、同棲している彼氏がいるんですけど…一つ年上なこともあって先に就職したり、自分よりも違う場所へ行ってしまうことへの漠然とした不安があって…
すごく優しい人だし頼りになるんですけど、満たされない思いとか。そういうのが積もったせいか、急にイライラしたり息苦しくなったり、起きられなくなったりしてしまって。」
泣きながら話した。
「誰しもそういう経験をして成長していくものだけどね。桃瀬さんはご両親を亡くされてるのね?そういう経験がどこか影響しているかもしれないわ。今はまだ何とも言えないけれど。」
確かにそうかもしれない。
自分が大切に思っていた信頼していた人が、自分の元から去ってしまう恐怖。
「胸が苦しくなって、息がしにくくなるのって病気ですか?」
「今日初めて診させてもらってるから、まだ病名的なことは言えないけどそういう症状がでる病気や障害はありますよ。
とりあえず精神安定剤を出しておきますから、そういう苦しい症状が出たら飲んで様子をまた聞かせてください。」
「はい…」
私はこれで少しでも辛さが消えるのならばと思うと少し安心し、お守りを手に入れたかのような安堵感もあった。
診察に通うにつれて病名も付き、原因がわかってホッとしつつ、一緒に暮らす修二くんに心配をかけないように薬を管理して服用するのはなかなか大変だった。
精神的なことから吐いてしまったり、そのせいで痩せたり、生理も止まった。
どんなに優しく抱きしめられてセックスして、同じベッドで眠っても満たされない私の心。
…
ある夜の食後、急な吐き気でトイレに駆け込んだことがあった。
「ゴホッ、うぉえっ…はっ、あ゛っ…ゲホっ、うぉえっっー…」
「…桃瀬?大丈夫か?」
トイレのドアがノックされる。
「うん…」
吐いて少しすっきりするとベランダに出て、一人冷んやりと肌を刺す風を感じる。
「大丈夫か?…もしかして妊娠した?」
「はぁ…それはないわ、生理来てないから。」
「どういうことだ?」
「生理、止まっちゃったの。食べても吐いちゃって、体重が落ちてるからだと思う。」
「……そうか。ちゃんと食べろよ、細いんだから。」
これ以上聞いてはいけないと思ったのか、修二くんは詳しく聞いてこなかった。
自分の心身を誤魔化しながら私は三年生になり、近くで就活に臨む修二くんの姿を見てきた私もいよいよ就活が始まる。
…
休日のある日、洗濯物をベランダで干していると今までに無いような胸の苦しみを感じる。
次第に背中まで痛みのような、締め付けられるような感覚に陥り呼吸が上手くできなくなった。
決して広くはないベランダの窓ガラスに手を付いて部屋に戻ろうとするけど、身体が思うように動かないのだ。
足元からガタガタと崩れ落ちてゆく身体…
「おい!大丈夫か!?」
「せ、なか…叩いて…苦し…」
「背中か?」
声が出せず頷くと、細い身体に支障がない程度の強さで言われた通りに背中を叩く。
「もっ…強、くっ…!」
修二くんに支えられつつ数分かけてうずくまりながら発作に耐えると、全身から脱力した。
苦しく、死ぬかもしれない恐怖に涙が止まらなかった。
(苦しい…)
「…大丈夫か?」
「んっ、っっ…苦し…っっ」
ヒックヒックとさせつつ呼吸が落ち着くのを待つと、修二くんが背中をさすってくれた。
「どうした?…お前、最近病院行ってるだろ?」
「うん…」
「生理が来てないとかっていうやつのこと?」
「それもちょっと関係あるかな。」
「具合悪いのか?どうして黙ってた?俺、そんなに頼れないか?」
「心配かけたくないもん…」
「何だよそれ、バカなこと言うなよ。お前、これから就活もあるだろうに。こんなんで大丈夫か?」
つい最近、修二くんの内定先と同じところも受けてみようかな…
なんて話しながらエントリーする準備も進めていた。
経験者として色々とアドバイスをしてくれるし頼りにしてたけど、体調的に今は就活を諦めた方が良いのか…
あの、とてつもなく苦しい発作はその後も何度か続いた。
突然やってくるあの恐怖は自分自身も、一緒にいる人までも不安にさせてしまう。
いつでも一人でいる時には本当に死んでしまうのではないかという不安、それから目眩や吐き気。
いつも私は修二くんに甘えて来た。
年上で包容力があって、頭が良くて何でも簡単にこなしちゃう。
それと反対に、やらないと結果が出ない私。
いつも必死に…必死に努力して何処か無理をして、修二くんに追いつけるように頑張ってきた。
多分、その無理がそろそろ限界に達したんだと思う。
頑張って…頑張って、いくつか内定がでた先の一つに修二くんが決まっていた研究所があった。
私は迷わずそこに決めて、晴れて就職先が決まった。
同じ大学の出身者も多数、先輩も同期もきっといるしそんな点も安心だ。
…
翌年の春。
修二くんは一足先に社会人となった。
私の大学生活もあと一年。
これからも変わらずアパートで暮らして、愛し合ってダラダラと生活していく日々が続いていくと思っていた。
「なぁ…俺、ドイツに行ってくれって。春の異動で予定してた人が病気で入院したからって。
代わりになれそうな人が俺ってなんだよな。まだ新人だぞ…」
いつもより激しいセックスの後、打ち明けられたピロートーク中の出来事。
「何でドイツ?もう行くのは決まってるの?」
「あっちにも支部があるのは知ってるだろ?家族がいる人より、俺みたいな独り身が候補に上がるんだと。で、語学やコミュニケーションとか色々と習得がスムーズそうな俺が選ばれたんだってさ。
光栄なんだか…どうなんだろうな。」
「…いつから行くの?」
「早ければ来週にはな。」
「ここ、どうしたらいい?」
「このまま住んでろよ。いつになるか分からないが、戻ってきたらまた一緒に暮らそう。結婚して夫婦だったら、こんなこともなかったのかもな…」
修二くんは行為を終えたいつものベッドで、どこか寂しそうな顔をしていた。
ーこの時、言うべきことを話すときが来たのだと悟った。ー
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