二つの鼓動

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妊婦検診で驚きの事実を告げられた。

自分たちがこのような状況になるとは思ってもいなかった二人の現実を受け入れた日の話。

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朝の陽の光がカーテンから漏れる中、ベッドで眠る二人。

向かい合って里美がモゾモゾと修二に抱きつく。


「ん?どうした?」

「気持ち悪い……」

「そっか、そうだよな。」


修二はそっと抱きしめ、向かいあったままギュッと引き寄せて背中を摩った。


「起きれそうか?」

「ちょっと…ダメかも。」

「いいよ、無理するな。」


里美は再び目を閉じ、修二の大きな胸の中に落ち着きを感じていた。


……?


「ちょっ…熱ないか?どうした?体温計持ってくるから待ってろ。」


荒い呼吸と熱い体に何事かと驚きつつ悪阻に加えて高熱とはどんなに辛いだろうとそれは不憫に感じたが、まさか自分が原因かもしれないと気づいた瞬間、サーっと血の気がひいた。


「大丈夫か?……熱、測ってみ?」


体温計を挟んで30秒。

38度6分


「いや…これは辛いよな…ちょっと待ってろ。」


キッチンへ行き氷枕と冷却シートを用意すると、冷蔵庫に入っていたスポーツドリンクも一緒に里美の元へ持参する。


「桃瀬、大丈夫か?ほら、いろいろ持ってきたぞ。頭上げられるか?」


氷枕を頭下に入れてやると気持ち良さそうな表情へと変化したのがわかった。


「修二くん、手つなぎたい…」


苦しそうな呼吸で手が伸ばされ里美の希望に応え手を握ると、高熱にも関わらず意外にも冷たく酷く手が乾燥している。


「解熱剤、飲むか?これなら飲んで大丈夫らしいぞ。」

「やめておく。」


妊娠中の薬はどれも禁忌だと思い込んでいたのだが、調べてみたところ大丈夫なものもあるとのこと。

数ヶ月前、出産を終えるのを待ち行われた歯科医院で抜歯の際に処方された鎮痛剤、解熱剤を兼ねているその服用しても大丈夫な薬がこの家には残っていたのだ。

それを服用すれば里美自身はだいぶ楽になるだろうが、本人がそれを選択しない限り修二にはどうすることもできなかった。



あの時。

二人目の子どもができたと思われる行為があった日、今思えばあの中のどの行為が結果に繋がったのかは分かりかねるが、避妊具を着用していなかったことは自覚している。

普段よりもお互いの欲が相まりそのような状況になったのだが、まさかこんなにも早く里美の腹に子どもが再び宿ることになるとは…

修二は予想外だったものの、それはとても幸福を感じる報告だった。

悪阻というもの、妊娠したらすぐに始まるものだと思っていた。

しかし実際は発覚したところで特に体調の変化もなく、母体の里美自身『ラッキー!』と口にまでしていたのだが、数週間後の今日は吐き気で起きられないほどこんな状態。

しかも高熱まで伴うとは。

女性はここまで辛い思いをしながら、後に産みの苦しみが待っているのだ。



トイレに行くと言い部屋を離れた里美だが、咳き込む音がするため恐らく戻しているのだろう。


「桃瀬…?大丈夫か?」

「ちょっと、ヘアゴム取ってもらっていいかな…」

「悪いが開けるぞ。」


洗面台の上部に置かれたヘアゴムを取り扉を開けると里美の長い髪を束ね、そのまま背中を摩る。


「…ありがと。」


嘔吐感の落ち着きを待ってベッドに戻ると、先程冷蔵庫から取り出したばかりのスポーツドリンクを飲ませた。


「桃瀬…辛いよな。俺のせいだよな、先週風邪引いてたし。本当に申し訳ない。」

「違う、…ゅうじくんの…せ、じゃ……から…」


掠れた弱々しいう声で、何かを発したが上手く聞き取れない。


「…ん?悪い、もう一回いい?」

「熱…修二くんのせいじゃない。」

「そうなのか?」

「離れて寝てくれてたし…私、その前から喉痛かったから、それのせいだと思う…勝手に薬飲めないし、病院も行くタイミングなくて。喉が痛いだけだし様子見てたんだけどね…」


「そうだったか…病院どうする?」

「行きたい。診てもらって…楽になりたいよ…」

「そうだよな。」


突然に泣き出した里美を慰める修二の心は複雑だった。

ダラダラと続いていた喉の痛みから早く解放されたい、そんな思いとやっと病院に行かれる安堵感。

高熱の辛さだけで泣くとは思えないいい大人だが、恐らく妊娠によるホルモンの変化でメンタル面で様々な思いがあるのだろう。


「我慢させてたか…気づかなくて悪かった。そうだな、そうしような。桃瀬は今日、仕事休むよな?」」

「…仕事、行かなきゃ。高木くんに渡さなきゃいけない物があるのよ。」


仕事に関わることであるため『彼のために。』という訳でもないのだが、こんな状況の里美に無理をさせようとする彼の存在に修二はやや苛だった。


正直なところ、彼はまったく悪くないことは理解している。

完全に修二の八つ当たり。

それに以前から後輩、高木から里美への好意を修二は薄々感じていた。

修二は仕事上彼との接点はないのだが、里美の直属の後輩という事もあり名前はよく耳にしていたのだ。


「渡すものってどこにある?執務室なら、恐らく俺じゃない方がいいよな。」

「家にあるの。そこのバッグの中…」

「バッグ開けるぞ…これか?」


USBデータと厚さたっぷりの付随資料。

それと並んで入っていたのは、二冊の母子手帳。


(…ん!?いや……待て…落ち着け…俺…)


ドクドクと急激に心拍数が上がり、激しく心が動揺する。

まるで見てはいけない物を見てしまったかの様な気分だ。


「この資料、彼に渡しておけばいいのか?」

「お願い…」

「了解。…なぁ、桃瀬。母子手帳、二冊入ってたんけど…これは?」

「この間の病院で双子ですって言われたから貰ってきたのよ。一人一冊なんだって。帰りがすごく遅かった日、メールで伝えたわよね?」

「いや、双子なんて聞いてないぞ!?あー、ヤバいな。双子なんてどう考えても可愛いだろ、本当か?」

「二人いるらしいわよ。ちゃんと二つ心臓が動いてるのも見せてもらったわ。病院行った次の日かな、母子手帳受け取ってきて欲しいってメールしたんだけど返事ないから、体調良かったし自分で行っちゃったわよ。

メールに反応無かったから、何とも思わないのかと思ってたけど…良かった。」


怠さ故、かったるそうに答える里美だが、まぁそれも今は仕方ない。


「ごめんな。ほら、病院いく準備しよう、俺午前中は半休取るから。」


ゆっくりと出かける準備をする里美を横目に、修二は見落としていたらしいメールを探していた。

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