母子ともに。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
深夜、あまりの息苦しさにより緊急搬送をされた里美。
妊娠後期、妊婦ならば誰にでも起こる症状が多胎妊娠の身ではそれが母子共に命に関わるリスクとなるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『双子ってこんなにお腹が重いの…』
二人分の生命を宿しているのだから当然と言えば当然なのだが、どうしても長男を妊娠していた一年前の経験と比較してしまう。
もう横になっていられないし、呼吸も苦しく座っていることだってなかなか辛い。
単胎であれば妊娠も後期に入り様々なやり残したことを進めたい時期ではあるが、双子を身籠もっている母体にとってはそもそも安定期など存在せず、日々慎重に過ごしていた。
が、一才手前の息子がいる手前、ゆっくりと休んでなどいられず、夫である修二も予想に反して更に増えることとなった双子の誕生に向けて更に稼がねばならず、昇進試験へとむけて勉強に励んでいた。
そして、単身海外赴任も控えていた。
…
深夜、里美は寝付けずにいた。
風邪でもひいたのだろうか、いつにも増して怠くそして恐らく熱がある。
それに咳も出る。
日頃の無理が祟ったのだろうか、しかし産前のやりたい事自体は修二の協力もありほぼ叶えられ、本人にとっても気分転換になり良い影響だったたはずだ。
新しくできたカフェ巡り、ホテルのスイーツビュッフェに、夏の旅行。
体重管理に厳しく言われることは分かってはいたが、食べてばかりの夏を過ごし、亮二の時とは異なりそれなりに楽しいマタニティライフを過ごせた方だと思う。
一度は息子の寝かしつけと同時に寝落ちてしまったのだが、その後はいつものごとく夜泣きの対応で目覚め、そしてお腹の苦しさや胎児が圧迫する事による尿意もあり、ゴソゴソと横になりながらベッド内で自分なりに楽な体勢を探している。
しかし、あまりにも苦しくベッドの上に起き上がり座ると、前屈みになりながら大きく肩で呼吸をしていた。
合間に咳き込む姿により、更に緊迫感が漂っていた。
「大丈夫か?」
横で眠る修二が苦しそうな呼吸を察し声を掛ける。
「あっ……はぁ…ごめんね、動きっぱなしで…」
「苦しそうだが…本当に大丈夫か?」
「わかんないっ、けど…かなり苦しい…」
呼吸の度に大きく膨らむ胸、そして上下する肩を見て、呼吸の仕方が正常ではないと判断した修二は救急車を呼ぶべきと判断した。
唇の色が悪い。
ここ最近も苦しさを訴えてはいたが、それは妊婦特有の多くの人が経験する症状であり双子ならばより仕方ない事だと捉えていたが、今はだいぶまずいと思う。
こんなことで呼んで良いものが悩んだが、横になることのできないと訴える呼吸に修二は違和感を感じていた。
救急車が到着するまで、里美の背中を上下に摩り呼吸が少しでも落ち着くよう促すが、次第に過呼吸のような更に苦しそうな様子を見せ始める。
「はっ!息っ、出来ないっ…!」
「ちゃんと息吐いて。大丈夫だ、ふぅ…ふぅ…ふぅ…一緒に。そうだ、できてるぞ。」
相変わらずベッドに座ったまま、胸と肩を大きく動かしながらの呼吸は変わらなかった。
「ふぅ、ふぅ、ん゛…苦しいっ…っふぅ、っふ…んっ…」
このまま苦しさのまま死んでしまうのではないか、このまま病院へ運ばれ出産となるのではないか。
里美はよからぬ不安を抱き、涙を流しながらパニック状態に陥るのを何とか抑えていた。
里美の背中を上下に摩りながら励ましていると、ある様子に気づく。
「なぁ…もしかして産まれそうだったりするか?」
「苦しっ…」
やはり苦しさが一番にあるのだろう。
答えになっていないが苦しさに悶える姿に寄り添いながら、修二は合間にいきんでいるような様子が気になっていた。
…
十分もせぬうちに救急車が到着すると、少しでも呼吸か楽になるよう側臥位で担架に乗せられ手際よく車内へ収容される。
「吸うことに一生懸命になりすぎると過呼吸を起こしちゃうので、きちんと息吐きましょう。ゆっくりで大丈夫ですから、お母さん落ち着いて…」
「はぁ…ふぅ……ふぅ…ふぅ゛…っ」
修二に抱かれ付き添う亮二はキョロキョロと周囲を見渡し、抱っこ紐の中、修二の胸元へスッポリと収まっている。
二冊の母子手帳を救急隊へ預けると、幸いにもかかりつけでもある南部総合病院への受け入れが決まり、里美も修二も若干ではあるが安堵した。
里美は自分でも呼吸に加え下腹部の異変を感じ始めていた。
出産が近いのではないか、お腹の子どもたちに何か起きたのではないかと不安で堪らない。
すると薄れゆく意識の中、病院とのやりとりの会話による『心筋症』というワードがかすかに里美の耳に聞こえた。
後に知ったことだがこの時、どうやら修二の元へも『周産期心筋症』の疑いを伝えられていたらしい。
双子など多胎の場合や高血圧、喫煙者の場合など発症することがあるらしいが、発症件数は多くはないとのこと。
ただ、今までに心筋症の既往がなくとも発症する場合があるらしい。
…
普段、妊婦健診を受けている南部総合病院へ到着すると、まずは双子の状態確認を受ける。
「ちょっとごめんねー、足開くよー」
機械が動き、そして腹部にはモニターが巻かれ、同時にお腹を触られると医師の眉間にシワが寄る。
「お腹はいつから張ってた?痛くない?」
「あぁ…痛くないです…それよりも苦しくて…」
「ここまでのお腹の張りは危険だね。このまま暫く様子見させて下さいね。」
苦しさを抑えられるようベッドの位置が調整されると、少々落ち着きを取り戻してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます