信じ合う心

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産後退院した日、とあることをきっかけに離婚を言い渡す里美。

家出したものの後々冷静になると、自身の過去を省みる。

産褥期の元に戻っていない身体での無理もあり、だんだんと不調を感じ意識が遠のいてゆく…

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思いがけず、予定日より2ヶ月も早く心の準備も整わぬまま出産を終え、ボロボロになった産後の身体を休めている間に里美の知らぬ間に信じ難い現実が起きていた。




—コレハゲンジツ…?





小さく産まれ保育器の中で頑張っている息子を病院へ残し、一足先に退院した。


まだまだ身体の節々も出産により裂けた赤ちゃんの通り道も、それから知らぬ間にできていた足の痣だってまだまだ痛む。


それに悪露だって残っている産褥期の里美。

久しぶりの自宅は、几帳面ではないが里美よりよっぽど片付けも掃除もできる修二の元、比較的綺麗な状態が保たれていた。


「意外と部屋、キレイにしてたんじゃない。」

「まぁな、仕事場と家の往復だけだし、帰っても誰もいなかったからな。

ひたすら仕事ばっかりだったよ。」


確かに里美も結婚前は仕事に追われ、職場の仮眠ベッドで翌日を迎えることなど珍しくもなかった。

帰る家に誰もいなければ、自宅と職場の往復だけ…そうなることも理解できる。


そろそろ出生届も提出しなければと、ダイニングテーブルに向かい合って書類を記入する。

父親の自覚を抱いてもらおうと里美は修二に記入を任せ、入院中に病室で二人で最終的に決めたその名を書き込む姿を頬杖をつきながら眺めていた。


するとテーブルに置かれた修二のスマートフォンにメッセージアプリの通知が入る。


〜♪


シホ

————————————

修二くん、この間はありがとう!楽しかったね!

今度は2人で飲みに行きたいね。時間がある時、電話欲しいな♡また連絡します。

————————————



修二は仕事中もその場で確認ができるよう、普段から中を開かなくても内容が確認できる仕様にしていた。


(あ、ヤバっ…!)


いつもならば何の隠す事もないこともないのだが、修二は自分の手のひらを咄嗟にスマートフォンに覆い被せた。


「…誰?」

「紹介された友達だよ。あいつ何で俺になんか紹介してきたんだよなぁ?」


適当に男友達の顔を頭に思い浮かべて愚痴を言う。


「何の紹介なの?」

「何でもない、気にするな。」


ヨソヨソしく、そして何かを誤魔化そうと隠す姿に里美はすぐに気づき、問い詰めた。


「誰よ!シホって書いてあるように見えたけど。私がこんなに出産で頑張ってた中、浮気して遊んでたの!?信じられない!」



『産後の奥さんは特に大事にするように。』



修二は最近、どこかでそう言われていた。


(あー、なるほど。こういう事か…)


テーブルに手を付き立ち上がり、声を荒げて怒る里美。


「どういうことなのよ!本当のこと言って。ウソはやめてよね。」

「悪かったよ。この間な、友人に頼まれて人数合わせの飲み会に行ったんだ。ただそれだけの話だよ。そこで俺を気に入ってくれた子がいてな、それが今の子だ。」

「いつの話?」

「一週間くらい前だったかな?」

「信じらんない…出産したばっかの時じゃない…」


目の前には大粒の涙を流しながらうつむき、泣きじゃくる里美。


「悪かっ…」


修二はイスから立ち上がり、手を伸ばすとその手を払い除けられた。


「やだ、止めて…信じらんない…もう離婚する。」


ヒックヒックと肩を上下させながら、『離婚』という初めての言葉に修二はハッとさせられた。


バタバタと薄いコートを羽織り、バッグを持って里美は玄関へと向かう。


「おい、待てって…出て行くなら俺が行くから。」


産後の身体の里美をこの季節、夜も冷え始める夜の屋外へ晒し続けるわけにもいかない。

季節は10月も半ばに突入していた。


「イヤ!触らないで!」


繋ぎ止めていたはずの修二の腕から力が抜け、里美の細い腕がスッと抜けると玄関の扉が開き、その場は一瞬で静かになった。


(離婚か…)


たった数ヶ月前に結婚したばかりの2人。

妊娠中に作った結婚指輪はつい数日前、お互いの指にそろったばかりだったと言うのに。





勢いで家を飛び出した里美は行く当てもなく、マンション裏の敷地内にあるベンチに座り込んだ。


(寒い…もっとちゃんと着てくれば良かったな。)


スマホの画面を見るとバッテリー残量は24%。


外の空気は心を浄化してくれる。

外気に触れ、気分は少し落ち着いたものの先程までの出来事を思い出すと再び溢れ出す涙。


こんな感情になるのはただ、産後のメンタルのせいなのだろうか?



ー8年前


あれは二十歳になったばかりの頃だったと思う。

成人して心置きなく居酒屋でも飲めるようになって楽しかった日々。


私は合コンに参加していた。


「里美ちゃんまだ飲めるの?いいねぇ!ここのレモンサワー濃くて美味しかったよ。」


場の雰囲気も和み、さっき席替えをして私の横に来てくれた男の子。

その日来ていたのは皆んな同い年だって聞いていた。

爽やかで顔も悪くないし話し方も接し方もイヤな感じがしない、正直言って好印象。


この頃、もう修二くんとは付き合っていて一年が経ったくらいだった。

一年記念のお祝いにペアリングを買いに行って、その帰りに奮発して入ったホテルでいっぱい気持ちいいことをして幸福に包まれたあの日。


すでに一緒に暮らし始めていたからセックスする場所には困っていなかったけど、こういうのも悪くなかった。



別に出会いを求めて参加した合コンじゃないし、友達に誘われたから来ただけの『飲み会』みたいなもんだった。


「飲めないフリする女の子より、飲める女の子と一緒の方が俺は楽しいんだよね!俺も結構飲むからさ。」


賑やかな周囲の雑音に消されぬよう、里美の近くで声を張り話す彼。

修二くんとはまた違うタイプの彼、申し訳ないけどその時も頭の中は修二くんのことを考えていた。


(修二くん…今バイト中かな、昼間眠いって言ってたし寝てるのかな…このお店一緒に来てみたいな。)


「このあと二人で飲み直さない?」

「ごめんね、私明日一限からなんだよね。だから今日はこれで帰るつもりなの。」

「そっか、残念…じゃあさ、連絡先交換しようよ。それならまた約束できるから。」


連絡先くらいなら…と思い交換した。




…が、これが後々マズかった。

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