第2話 「美味しいご飯」
土曜日の昼前、僕は沙雪の家に招待された。
お昼ご飯を振る舞ってくれるらしい。
沙雪は近くの公園まで僕のことを迎えに来てくれた。
彼女は真っ白なワンピースを着ていた。
彼女の私服姿は、制服とは違う魅力があった。
そして、その白さが彼女の黒い髪と綺麗な瞳をより際立たせている。
「早く行きましょ。今日はとても暑いわ」と沙雪は僕と会って最初にそう言った。
「そうだね」と僕は言った。
「あっ」と沙雪は何かに気がついたみたいな声を上げた。
「どうしたの?」
沙雪は優しく微笑んで、
「やっぱり、颯希は私服姿の方がとても似合う」と言った。
「ははっ、それはどうも」と僕は苦笑いをしながら言った。
容姿を誰かに褒めてもらうなんて、とても久しぶりなことだった。
「じゃあ、行こ」
沙雪は僕に手を差し出した。
「……あのなあ、僕は幼稚園児じゃないんだぞ」
「いいじゃない。私とあなたは恋人同士だもの」
そんなことを平気な顔で言う沙雪のことを僕はすごいと思った。
「それは、別の世界の話だろ……」
僕はため息をついてから、仕方なく彼女の手を握った。
彼女の手はとても冷たかった。
手を繋ぎながら、僕らは沙雪の家に向かう。
その道の途中で、沙雪は僕の腕を引き寄せ、自分の腕を僕の腕に絡めてきた。
「おい、暑いだろ」と僕は言った。
「いいじゃない。サービスよ、サービス」
「そういうのは、ちゃんと付き合ってからにしてくれ」と僕は言った。
僕はそう言ってから、自分の言ったことに対して後悔した。
「あれれ、それってもしかして私に告白してる?」と沙雪はとても嬉しそうに言った。
「すまない。訂正する」
僕は沙雪を引きはがそうとした。
しかし、彼女はまるでコアラのように僕の腕にしがみついてくる。
僕は諦めることにして、そのまま歩くことにした。
沙雪の家は公園から五分くらいの、とても近い距離にあった。
「そう言えばさ、今日って君の両親っているの……?」
僕がそう聞いたのは、沙雪の家の前に到着してからのことだった。
「いないけど、なんで? ……あー、そういうこと?」と沙雪は何かを察したように言った。
「そういうことってなんだ。恐らくだが、君が考えているようなことじゃない。ただ、親がいたら気まずいだけ」と僕は言った。
沙雪の家はとても整頓されていた。
あるべきものが、あるべき場所に置いてあった。
「とても綺麗でしょ?」
リビングに入って、まず沙雪はそう言った。
「ああ、とても整頓されてる」
「私はもう少し散らかっていた方が落ち着くんだけどね」
「じゃあ、そこのソファでテレビでも見て待っていてもらえる? 私はその間に昼食の準備をしてくるから。事前に準備はしておいたから、それほど時間はかからないと思う」
「僕は何か手伝わなくていいの? 何かしないと申し訳ない」
沙雪はそれを聞いて、微笑みながら、
「あなたはいい夫になるわね」と言った。
「うるせえ」と僕は言った。
「大丈夫。あなたはそこに座っていて。今日は私が誘ったんだもの。期待して待ってて」
僕は大人しく、ソファに座り適当にテレビでも見ることにした。
しかし、人の家でゆっくりテレビなど見ていられるはずなく、僕の視線は自然とキッチンにいる沙雪の方へ向けられていた。
彼女は白いワンピースの上にエプロンをつけ、包丁で何かを切っていた。
ワンピースで料理をするは、とてもやりづらいだろうと思った。
それに汚れてしまうかもしれない。
もしかしたら、沙雪は僕のためにワンピースを着てくれているのかもしれない。
そう考えると、何だか嬉しかった。
「さっきから私の後ろ姿でも見てどうしたの? 惚れてしまった?」と沙雪は振り返らずに言った。
「ある意味ではそうかもしれない」と僕は言った。
「何それ」
沙雪は笑った。
十分後、テーブルの上に料理が並べられた。
僕はイスに座り、テーブルに並べられた料理を眺めた。
沙雪が作った料理はどれもシンプルなものだった。
シイタケとかが入っている混ぜご飯、豚汁、鯵の酢の物、卵焼きが二人分置かれている。
その料理のどれもが、とてもシンプルだったが、洗練されていた。
「ちゃんとお腹空かせてきた? あなたならたくさん食べると思って、多めに作ってしまったの」と沙雪はエンプロを脱ぎながら言った。
「お腹はかなり空いてるから、かなり食べれると思う」
「よかった」
沙雪は僕と向かい合う席に座り、一緒に手を合わせて食べ始めた。
「すごく美味しいよ」と僕は言った。
「どうもありがとう」
「正直、あまり期待はしてなかったんだよ。何だか、君が料理するのが想像できなかったんだ」
「失礼ね」と沙雪は笑いながら言った。
「私ね、この世界に来て料理の勉強を頑張っているの。前の世界では料理なんてしようとも思わなかったのに。食べるものなんて、どうでもいいと思っていたし、必要な栄養が取れれば味なんてどうでもよかったの。だけどね、戦争中なんて食べものなんてロクにないし、栄養がなくて不味いものをたくさん食べるしかなかった。だから、この世界に来て料理を勉強しようと思ったの。食べものの大切さなんて、一度餓死するくらいにならないと、中々分からないものよ」
「きっと、言葉では表せないくらいに大変な思いをしたんだろうね」と僕は言った。
「だけど、楽しいこともあった。あなたとヤったりとか」
「ん? ちょっと待て」
「まあ、その話はいいわよ。また今度にしましょ」と沙雪は言った。
僕は複雑な気持ちになった。
「ねえ、一つだけ聞きたいことがあるんだけど」と僕は言った。
「君のいた世界での僕は、どんな感じだった?」
沙雪は考える素振りを見せた。
「んー、大体同じね。あっ、だけど向こうの世界での方がもう少したくましくて、それと何と言うか、包容力みたいなものがあったわね。まあ、それは戦時中だからっていうのが大きいと思うけれど」
「ふーん、そうか」
「今のあなたも十分魅力的よ」
「それはどうも」
くだらない話をしながら僕たちは食事を進め、食べ終えると二人並んで皿洗いをした。
「また私と遊んでよ」とそのとき沙雪は言った。
「もちろん。僕には君以外で友達と呼べるような人がいないからさ」
「可哀想」
「うるさい」と僕は言った。
それを聞くと沙雪は笑った。
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