第一章
第1話 「彼女がここに来た意味」
沙雪が違う世界線から来たというのを僕に明かしたのは、僕らが出会ってから一ヶ月が経過したときだった。
そして、僕らは下校を共にすることになっていた。
途中で喫茶店やマクドナルドによって他愛もない話を延々とした。
彼女と話すことは本当に他愛もなかった。
何のためにもならない話ばかりだ。
しかし、それは決して無駄な時間ではなかった。
最初、僕は彼女と下校することが嫌だった。
理由はシンプルで、一緒にいると不利益な噂を流されるからだ。
そして、それは実際に噂として流れた。
だけど、次第にそれは僕にとってどうでもよい事柄になっていった。
僕は彼女と共に過ごすのが、とても楽しいと感じていたのだ。
彼女の笑い方や歩き方、コーヒーの飲み方やハンバーガーの食べ方。
それらの彼女の所作に、僕は何故だかとても惹きつけられた。
そして、ある日彼女は僕に大きな秘密を明かした。
その日、彼女は珍しく落ち着きがなかった。
沙雪の視線は安定しない。
マクドナルドの二階には僕たち以外に人はいなかった。
「……
「もちろん」と僕は言った。
沙雪はコカ・コーラを一口飲んでから、
「とても信じられないと思うけれど」と言ってから少しの間を空けた。
そして、軽く深呼吸をしてから、
「私、この世界の人間じゃないの。私は違う世界から来た、言わば異世界人なの」と言った。
僕は彼女が嘘をついてると思わなかった。
むしろ、それを聞いて僕は点と点が繋がったように、今まで起きたことに関して合点がいった。
沙雪は最初から、色々と僕のことを知りすぎていた。
僕の好きな食べ物や、趣味や得意科目、そして言うのも憚られるようなことを色々と知っていた。
異世界人だからだと言って、何故僕のそんなことを知っているかは分からない。
だけど、彼女が異世界人と言うのなら、それらのことについて知っていても不思議ではないと思った。
そんな根拠どこにもないのに、僕はそう思った。
「あまり、驚いてないのね」
「ああ、何だか君はそんな感じがしたんだ」
「そんな感じって?」
「不思議な人だってこと。それも僕が今まで出会った人の中で、ぶっちぎりで一番の」と僕は言った。
彼女は笑う。
「異世界人だというのをすんなり受け入れるあなたも相当だと思う」
「そうかもね」
沙雪は笑った。
僕も笑う。
「だけど、聞きたいことはたくさんある。どうやって、この世界に来れたのか。そして、ここの世界に来た目的は?」と僕は尋ねた。
沙雪から微笑んでから、大きく伸びをした。
「その前に、ちょっと軽く何か食べたい。実は、とても緊張していたのよ。あなたにこのことを言うのを。だから、朝からあまり食べてないの」
「……驚いた。君も緊張するんだね」と僕は言った。
沙雪は頬を膨らませた。
「何よ、私だって人間よ」
「ごめん。異世界人のことはよく分からないんだ」と僕はからかった。
「異世界人の前に、私はただの人間。それに、私にとってはあなたは異世界人でしょ」と沙雪は笑いながら言った。
「確かにそうだ」と僕は言った。
僕と沙雪は一階に行き、カウンターで注文をした。
僕はポテトを注文し、沙雪はハンバーガーとジンジャエールを注文した。
二階に戻り、彼女はハンバーガーの包みを開け、口に運ぶ。
沙雪はとても幸せそうな顔をする。
彼女は、細い体躯に反して食べるのが大好きだった。
沙雪が話を始めたのは、ハンバーガーを食べ終わってからだった。
食べていた時間は五分くらいで、彼女は物凄い勢いでハンバーガーを食べてしまった。
そして、ジンジャエールを一口飲んでから、
「違う世界では、私は今と同じ東京に住んでいたの」と言った。
「住んでいた家も同じだった?」と僕は尋ねた。
「うん。住んでいた家も同じで、小学校も中学校も同じところに通っていた」
「高校は?」
僕はそう尋ねると、沙雪は少し黙り込み、
「……あのね、私高校に行ってないの」と言った。
「行ってない?」
沙雪は肯く。
「私が住んでいた世界とこの世界はとても似ているの。住んでいる人だったり、街並みとか。もちろん違いはあるけど、それは本当に些細なことなの。問題になるほどじゃない。だけど、一つだけ大きな違いがあるの。とても大きな違いが」と沙雪は俯きながら言った。
僕は黙って彼女の返事を待った。
「……今のこの世界はとても平和でしょ。もちろん、世界のどこかでは戦争をしているわけだけど。でも、全人類の命が危機にさらされてるわけじゃない」
「それってどういう意味?」と僕は言った。
「あのね、私の世界では日本は戦争をしているの。それも、ただの戦争じゃない。核戦争をしているの。日本だけじゃないわ、私が住んでいた世界では世界中で核戦争が起きているの。いつ、自分の頭の上に核爆弾が落ちてきても、おかしくないような状況なの」と沙雪は言った。
彼女は続ける。
「そして、私はその世界で何とか生きていた。私以外の家族は全員死んじゃった。だけど、私は孤独じゃなかった。私にはあなたがいたもの」と沙雪は言った。
「僕?」
「そう。別の世界で私とあなたは一緒に行動していたの。そして、その関係は恋人と言っても間違いじゃなかったと思う」
「僕と君が恋人……」
「結構、ラブラブだった」と沙雪は笑いながら言った。
僕はそれに苦笑いを返すしかなかった。
沙雪はそれを見て、さらに嬉しそうに笑った。
「それで、君は何でここに来たの? 何か目的はあるの?」と僕は尋ねた。
「それが、どうやってここに来たか私も分からないの。ここに来たときの記憶が曖昧で。だから、目的があってここに来たわけじゃない。だけど、この世界に来てから目的と言うか、目標みたいなものができたの」
「それは何?」と僕は言った。
沙雪は自然な笑みを浮かべながら、
「私、あなたと幸せになりたい」と言った。
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