第79話 人類の希望となる聖火

「ムニョオオオオオオオ!!」


 不思議な声で咆哮をするフロアボス。


 異型魔物らしく、巨大なぶよぶよスライム体に黒い岩のようなモノが全身のいろんなところに散りばめられている。


「……私達では到達することもできなかったフロアボス」


「到達できなかった?」


 フードで見えないが、きっと今の姉さんは悲しそうな目をしている気がする。


「うん。四十六層のフロアボスを倒して、私達は勢いをそのままに四十七層のフロアボスも倒そうと思い、政府とも話し合ってここまでたどり着いた。四十七層の四ステージ目……けれど、私達がいくら魔物を倒しても、フロアボスが現れることはなかった。ううん。厳密には、私達では倒すのが遅すぎた・・・・のよ」


 ここに来て、先輩の超広範囲魔法を連発して魔物を殲滅しているから、確かに速さならあると思う。


「ようやく戦うことになるのだけれど……もしあのまま戦っていたら、私達は全滅してたわね。現れなくてよかったわ」


 フロアボスが現れて放った咆哮だが、これだけで僕達の全身にまとわりつく嫌な気配がする。


 いわゆるデバフ効果だ。


 このフロアボスが現れただけで、四十七層全域にデバフ効果を及ぼす。それくらいこのフロアボスは凶悪なボスだということだ。


 真っ先に飛んでいきそうな先輩だったが、珍しく紗月と一緒にこちらに戻ってきた。


「二人とも戦わないのか?」


「うん。戦ってもいいんだけど、その役目は私達ではないと思うから」


「その通り!」


 そして、二人は姉さんの手をそれぞれ握りしめた。


「えっ? 二人とも……?」


クエタ夏鈴姉様。出番ですよ?」


クエタ夏鈴先輩! 私の分まで暴れてきてください!」


「私は……」


「大丈夫。だって、私達は仲間じゃないですか。ゼタ誠也くんがここまで来たかった理由は……クエタ夏鈴姉様がいたから。これからはみんなで一緒ですよ?」


エクサ紗月ちゃん……」


「先輩~私もそう思うぞ! 少年がいてくれなかったら私はここにいないもん。だから少年の力になりたい。エクサ紗月ちゃんだって同じだもの。先輩だって――――同じだと思うから」


テラちゃん……」


 姉さんの悪いところは、何でも一人で背負うことだ。


 でもそれをさせてしまったのも、弟の僕が弱かったから。


 姉さんと肩を並べてここに立ちたかった。それがようやく叶ったということだ。


「姉さん」


ゼタ誠也……」


「俺はこれまでも姉さんの弟で、これからも弟でありたい。今までは守ってもらってばかりだったけど、姉さんの隣に立って一緒に探索者になりたかったから。だから、迷っている姉さんがいるなら、俺が引っ張るよ。さあ、姉さん。姉さんの本当の力・・・・を」


 僕は一本の――――小槌を取り出して姉さんに渡した。


「炎神ミョルニル。おじいちゃんが今まで作った中でも、一番の傑作だって言ってた。それも姉さんの武器になるべくしてなったからだと思うんだ。おじいちゃんが作ったこの武器を、俺が覚醒させた。けれど、これだけじゃ完成じゃないんだ。この武器が、姉さんの手によって振られなきゃ、ただのガラクタだよ。全て、姉さんの力なんだ」


「私の……力……っ」


 淡い赤色の小槌に手を伸ばして、握った姉さん。


 すぐに全身から炎が周りに広がる。


 炎というのは、全てを呑み込み燃やし尽くす。人々にとって災厄の象徴でもある。そんな炎でも、姉さんから溢れる炎は違う。僕達の体に触れても熱さはいっさいなく、姉さんという存在を感じられる熱い鼓動だけが伝わってくる。


 まるで――――我々を導く聖火のように。


「うん。行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 きっと、今の姉さんは――――顔いっぱいに笑っているんだと思う。


 姉さんが小槌を持って、フロアボスに向かって走り出した。


 小槌は本来の姿を取り戻し、巨大な槌へ変貌し、後ろ面に真っ赤な炎が立ち上がる。


 元々身体能力も高い姉さんだけど、新しい武器も相まって、今までとは比べ物にならない速度で走り、一気にフロアボスに近付く。


 巨体を前に空高く飛びこむと、捕捉したフロアボスの猛攻が始まる。


 しかし、どの攻撃も当たる寸前で軽々と避ける姉さん。


 空中だというのに、まさか力だけで空中を蹴り上げて移動できるなんて、姉さんしかできないと思う。


 フロアボスの真上まで飛んだ姉さんは、大槌を両手で握った。


「――――炎神粉砕」


 槌に灯っていた炎がフロアボスよりも大きく燃え上がり、そのまま打ち付ける。


 たった一撃。


 現日本ダンジョン最強の魔物を、姉さんはたった一撃で葬り去った。


 暗い宇宙のような空が、姉さんの爆炎に照らされて赤い宇宙のように見える。


 ああ……姉さんという希望は、こうやって世界を照らし、全ての人類を背負い立つ存在なんだなと改めて感じられた。


 ただ、すぐにやってきて僕に抱き付いた姉さんは、人類の希望から一変して、可愛らしい一人の女性となった。


「おかえり。姉さん」


「ただいまっ……! ゼタ誠也!」


 きっと、今の姉さんは、嬉し涙を流して――――

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