第75話 新しい翼
姉さんはいつだって、僕の夢だった。
でも、それが姉さんにとって、重荷になっているのに気付いた。
だからもう姉さんを追いかけたりしない。
僕は――――姉さんの隣に立ちたいんだ。
「ゼ……タ?」
「最強探索者セグレス。其方の噂は兼ねがね聞いている。今回は相手との相性が悪かっただけだ。後は――――俺に任せてくれ」
「えっ……で、でも……」
「大丈夫だ――――俺を信じろ」
「…………うん。わかった」
後ろから聞こえる姉さんの声。本当は振り向いて抱きしめてあげたいけど、きっと今の彼女はそれを望んでないと思う。
今まで僕を守ってくれた姉さん。強くいてくれた姉さん。だからこそ、弱い自分を僕に見せたくないんだ。
吹き飛ばしたところから、ゆっくりと体を起こしたヴァイスの姿が見える。
僕の一撃で着ている鎧に大きなヒビが入っていた。
「おいおい……てめぇ、あのとき死んだんじゃなかったのか?」
「死んではいないな。まぁ、一度は死んだと言っても過言ではないが…………それでも俺はここに舞い戻った。お前を止めるために」
「がーはははっ! あの弱っちい
「やれるものならやってみるがいい」
ヴァイスとお互いに向かって走り込み、あっという間に対峙した。
彼の大剣が、まるで紗月が刀を振り回すかのように、軽々とものすごいスピードで僕を襲う。
目線を意識しながら剣戟を全てギリギリで避け続ける。
一度や二度じゃなく、何十回もの攻撃を避け続けていると、ヴァイスの顔が段々と赤くなっていく。
「ふ、ふざけるな! 俺様の攻撃が当たらないだと!?」
「ヴァイス。間違いなくお前自身は強い。もちろん、その聖剣もな」
何でかわからないけど、彼が持っている武器が僕達が使っているような普通の武器ではないのがわかる。不思議なオーラみたいなものが上がっているからだ。
「だが――――使いこなせない武器ほど弱いモノはない」
自分に言い聞かせるように、俺は『武神』の上位互換、『武絶神』を使いヴァイスに武術を叩き込む。
軽く手の甲で叩いただけで、空気を強烈に叩いた衝撃波でヴァイスの大きな体が弾き飛ぶ。
「がはっ!?」
あのとき、あれだけ強いと思っていたヴァイスだったけど、彼自身と武器が一体になっていないことに、弱いとさえ思えてしまう。
おばあちゃん、ミカさん、ありがとう。僕に力をくれて。
おじいちゃん、ありがとう。僕に新しい翼をくれて。
新しい僕の鎧『アブソリュート・ダークネスメイル』。ダークフルメイルの上位互換である漆黒の鎧。その上位である『名匠の漆黒の鎧』。そのさらに上位――――最上位鍛冶師が生きる上で一つ完成させられるかどうかわからないくらい、究極の鍛冶で作り上げたその装備は、特別な名前を持つ。それは――――神器と呼ばれる。
僕の意識に同調して鎧の背中に赤黒い炎のような形のマントがなびく。
「ヴァイス。お前達はここで止――――」
そのとき、国会議事堂の方から黒い鎖が数本飛んできては、三本は僕に、もう三本はヴァイスを掴み、一気に引っ張る。
僕は飛んできた鎖を叩き落とす。
そして、鎖が引き下がった場所を見つめた。
そこには黒いマントをした
「お前が漆黒の翼の
「ああ。お前は?」
「俺は
あの黒い鎖は彼が使ったものだな。あの鎖からも神器の力を感じる。
「目的物を手に入れた。ここにはもう用はない」
「行かせない。ここでお前達を止める!」
俺が男達に向かって飛び込むと、隣に立っていた灰色のマントの男が右手に杖、左手に鏡のようなものを取り出す。
「ショックウェーブ!」
直後、強烈な衝撃波が僕の体に直撃した。
しかし、新しい力のおかげで魔法が無効化される。
「それほどの強さを持っているとはな。漆黒の翼を侮っていた」
今度は再度鎖を展開したシュヴァルは、六本の鎖を一本にねじり合わせて僕に向けて飛ばしてくる。
スピードも凄まじく、避けることができずに受け止めて弾き飛ばされてしまった。
ダメージはないが、中々一人で近付くのは難しい。
「そう焦るな。
そう言うと、赤いマントの女性が空間をねじらせて、五人の
国会議事堂の被害は大きそうだけど、人的な被害はあまりなさそうかな?
ひとまず、倒れている姉さんに向かうと、どこか寂しそうな表情で立っていた。
「初め……まして。
「あ、ああ。
「私も……貴方の噂を聞いています」
「そうか。貴方にそう言われると嬉しいものだ。最強探索者セグレスよ」
「…………私は最強などでは……」
「…………」
今まで誰よりも前を走っていた姉さんだ。僕のためだけじゃなくて、国民みんなの意思を背負って。
でも負けた。
ダンジョンではないこの場所で。だから落ち込むのも仕方ないのかもしれない。
だからこそ――――僕は姉さんと話さなければならないと思った。
「貴方は一つ、大きな勘違いをしている」
「勘……違い?」
「貴方が今までやってきたことは、希望を繋いできたことだ。俺の仲間に――――
姉さんの目に失われていた光が少しずつ灯りはじめる。
「ここに俺達がいるのは、貴方がいままでダンジョンを切り開いてくれたからだ。だから――――国民を代表して言わせてくれ。ありがとう。そして、これからは我々漆黒の翼も貴方の力になろう。だから其方も自分の功績に胸を張るといい」
「私の……功績……」
「貴方はいつだって愛する者を守ってきた。間違ったことは何一つない。だからこそ、ちゃんと周りを見てほしい。貴方は一人じゃない。俺も…………ずっと一人で何とかしようとしてきたが、そうする必要はないと教わった。みんながいたからここに立っていられた。悔しいことに
「あ……」
姉さんの目から大粒の涙が流れた。
「また其方が困ったときは、俺が――――俺達が力になろう。では、さらばだ!」
「ま、待っ――――」
僕は新しい力を使い、その場を後にした。
姉さん。
これからは僕も姉さんの力になるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます