第72話 気持ちに蓋をする

 ずっと投げ飛ばされていたはずの天使様の稽古は、投げ飛ばされなくなった。


 僕が強くなったから――――ではなくて、どうやら天使様は何が面白いことを考え付いたみたい。


 僕の攻撃を軽々と流したり避けながら、僕の体をベタベタと触ってきた。


「ふむふむ。なるほど~ほえ~ふむふむ」


 その分、隙ができたので狙ってみるけど、罠にしかけた餌のようにひょいっと避けられてしまう。


「あ、あの……」


「続けて~」


「は、はいっ!」


 ベタベタ触れるのが少し気にはなるが、今の自分ができることを必死にやろう。


 それからしばらく僕は手や足を使って攻撃を仕掛けるが、やはり当たらない。


 速度が違いすぎるのも原因なんだけど……こう、何というか、僕が動こうとしたときにはすでに僕の動きを読んでいるかのような動きだ。


「うんうん。いい感じ~♪」


「あ、あの……?」


「あ~はい。一旦終わり~」


「はあ……」


「メイ~お茶~」


「もう準備しとるわい」


「あら、いつの間に! またメイが淹れてくれるお茶を飲めて嬉しいわ~♪」


 いつの間にか訓練場の入口付近に敷物が敷かれていて、その上にコタツが完成していた。


 どこから持ってきたのか、魔力ポットから急須きゅうすにお湯を入れている。


 天使様とコタツに座ると、おばあちゃんが美味しそうな香りがするお茶を出してくれた。


「いただきます~!」


「はいよ。君も飲みな」


「ありがとうございます」


 お茶を口に含むと、さわやかな香りが口の中に広がって、何だか体まで軽くなると錯覚するくらい美味しい。


「やっぱりメイのお茶は最高ね~」


「そんなことより、ミカよ。少年に答えを教えるんじゃなかったのかのぉ?」


「あ~そうね。それがしたかったわ」


 ミカと呼ばれた天使様の視線がお茶から僕に向いた。


「そういえば、名乗らなかったわね。私はミカと呼んでちょうだい」


「僕は誠也です」


「誠也くんね。順番が変わったけど、よろしくね~」


「はいっ! よろしくお願いします!」


「では、誠也くん。君の力というのは、たぶんだけど、装備を強くするタイプか、装備で強くなるタイプのどちらかね?」


「はい。装備を強くするタイプです」


 それを聞いていたおばあちゃんは、「だから……なるほどのぉ……」と小さく呟いた。


「まず、君の力はとても強いと思う。レベル1ながらにあの強さはすごいもの。人の中でもだいぶ強い方なんじゃないかしら。ただ、今はまだその程度ね」


「今はまだ……ですか?」


「ええ。そこが大切なの。何故今はまだなのか……それは単純に、君は自分の力である装備強化をただ使ってるだけ・・・・・・・・だから、本当の力を引き出せていないの。う~ん。こういう場合は引き出せていないんじゃなくて、本領発揮できてないってところかな?」


 もし力に振り回されているならそういう言い方になるはずだ。そうではなくて、本領発揮できてないということは……強化した装備を僕がしっかり使いこなせていないということ。


 つまり――――装備を強くする力が弱いのではなくて、それを使う僕自身が弱いということか。


「その一番の原因は、やっぱりレベルが1であることね」


「レベルが1であること……」


「レベル1であることが弱い。これは周知の事実よね?」


「そう……ですね」


「でもね。それには一つ大きな間違いがあるわ。少なくとも普通ではない君には」


「僕では……ですか?」


「ステータスによってレベル1は確実に弱いはずなのに……君はどうしてか強いのよ。そういえば、お姉さんが夏鈴ちゃんだったわね? 何かずっと体を鍛えたりしていたのかしら?」


「は、はい。探索者になる前から鍛えておいた方が楽だって言われて、いろいろ筋トレとか護身用体術とか教えてもらいました」


「ふふっ。それね。もうレベルが上がらなくなった人は天井を決めて強くなることはできなくなるし、実際も強くはなれないけれど……今ある力を100%全力を出せるようにできるかできないかでの強さは違うのだわ。仮に力10の者と5の者がいたとして、10の者が3割しか力を発揮できない、でも5の者が全力を出せるなら――――勝てるのは力5の者ね。すなわち、何事も使い手が大事ってことよ」


 使い手が……大事か。


「確かに……そうかも……しれません。強くした装備を使う仲間達は、僕なんかと比べ物にならないくらいに使いこなせてました」


「ふふっ。そうかもね。でも一つ違う点もあるわね」


「違う点……ですか?」


「君の仲間達は何も装備が強くなっただけで使いこなせているわけじゃないわ。そこにあるのは――――」


 女神様は僕を指差した。


「君への信頼。君が渡してくれた装備から信じる心が全力を出させてくれているんだと思うわ。もちろん、仲間達も普段から鍛えているだろうけど、人の強さというのは、意外と体を鍛えたりレベルを上げることよりも……心を開く重要性があるのよ」


「心を開く重要性……っ」


「夏鈴ちゃんも最初は酷いものだったわよ。強くなるしかないんだって泣いて、弟のためにしか言わなくて。でも本当はそうじゃないって信じきれなかっただけ。必要なのは、弟のために自分を大切にする心だったのよ」


 そのとき、僕はある日の事を思い出した。


 いつもなら家に帰っても成果しか話さなかった姉さん。なのに突然、大変だったことや失敗したこと……ダンジョンであったこと全てを話してくれるようになった。少し照れながらも、僕が心配しないように、失敗を糧に強くなるからって言ってくれた日があった。


「ねえ。誠也くん。君は――――どうして強くなりたいの? 仲間を守るため? 弱い者を守るため? でも本当にそれだけ? 一番重要なのは――――」


 僕の隣にやってきた天使様は、僕の心臓のある部分を人差し指で触れる。


「君自身が幸せになることも大切だよ? 自分の気持ちにだけ蓋をしても強くはなれない。それが――――人の強さなのだから」


 天使様が話すこと。何となくわかるような気がした。


 僕は……姉さんのために良い弟でいなくちゃとずっと考えていた。僕のために頑張ってくれる姉さんに応えなくちゃって……でも……それだけじゃないはずだ。姉さんと一緒に肩を並べて立ちたい。ときには背中を預けて預けてもらいたい。いつまでも姉さん一人に背負わせたくない。そして――――姉さんに見捨てられたくない。


「恐怖は自分を強くする一番の力よ。恐怖に蓋をするのは、勇気ではなく臆病よ。恐怖にしっかり向き合って、誠也くんの中にある勇気を引き出してみて」


「はい……! まだ全てわかったわけではないかもしれませんが……何か、掴んだ気がします!」


「ええ。お茶が終わったらすぐに訓練開始ね」


「はいっ! よろしくお願いします!!」


 それからおばあちゃんが淹れてくれるお茶を堪能しながら、楽しく世間話をする。


 三杯もお茶を飲み終えて、僕はまた天使様と稽古を続けた。

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