第71話 レベル1への逆戻り
「それはいくとするかね~」
おばあちゃんはそう言いながら杖を高く掲げた。
「――――
するとおばあちゃんの前の地面に大きな魔法陣が現れて、青い光を放った。
その中から、一人の女性が現れる。ただ、普通の人ではなくて、背中に二つの白い羽が生えていて、色白肌でとても美しい。
「メイ。久しぶり――――って、ずいぶんと更けたわね?」
「やかましいわい! 前会ったときは五年前だろうに、そんなに変わっておらんよ」
「うふふ。相変わらず口は悪いのね。それにしても久しぶりね?」
「そうじゃな。私はもう会えないと思っておったのだけどのぉ……」
「前回も最後かもしれないって挨拶したものね。それで、今日は何の用かしら?」
「うむ。五年前に鍛えた小娘の事は覚えておるかのぉ?」
「覚えているわよ~
「その弟。そいつを同じように鍛えておくれ」
天使様の視線がおばあちゃんから僕に向いた。
彼女と目が合う。
どこまでも澄んだ綺麗な青い瞳に吸い込まれそうになる。
じっと僕を見つめた天使様が口を開いた。
「やめといた方がいいわ」
「ん? どういうことじゃ?」
「この少年は――――レベルが1しかないもの。鍛えるにしても元がなくて意味がないわよ」
「レベルが1じゃと……?」
おばあちゃんも驚いた目で僕を見つめた。
「あはは……ごめんなさい。事前に説明しておくべきでしたね。僕は……レベル成長限界が1なんです」
「レベル成長限界が1……」
おばあちゃんに続いて天使様も大きな溜息を吐いた。
「レベルは神が人に与えし祝福。その限界が1ということは、誰よりも祝福されなかったということ。余程前世が極悪人だったようだわ。少年は何も悪いことをしていないかもしれないけどね」
少し困った表情を浮かべたおばあちゃん。
せっかくこうして力を使ってくれたのに答えられない自分が情けない。
…………いや、違うな。答えられないんじゃなくて答えてないんだ。
紗月も先輩も姉さんも、きっと待っているはずだ。
今まで彼女達に背中を押されてきたし、これからは自分の足で進むと決めたから。
「あの! 天使様! 一度で構いません。レベル1ですが……それでも僕にしかできないこともあります。ぜひ力をお貸しください!」
僕は全力で頭を下げた。
「人の子よ。頭を上げてちょうだい」
天使様は両手を伸ばして僕の頬に触れた。温かい温もりが彼女の手から伝わってくる。
「レベル1だとか神に祝福されていないとか意地悪なことを言ってしまってごめんなさいね。せっかくこうしてメイが力を使って呼んでくれたもの。私もちゃんと力になってあげないといけなかったわ」
「い、いえ……僕のレベルが1なのは間違いない事実ですから」
「ふふっ。でも――――不思議なことに、少年はレベルが1だというのに、明るい表情をしているのね。希望に溢れた瞳……きっと、私では測れない何かがあるような気がするわ。さあ、そう時間が多く残されていないもの。これから私が稽古を付けてあげる」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
ちらっと見たおばあちゃんもまた慈しむような笑みを浮かべて、僕に向かって小さく頷いてくれた。
「まず、貴方の実力を見ます。いま出せる全力で来なさい」
「はいっ!」
対峙した天使様は、どこか姉さんのような、高い壁のような僕では到底敵うはずがない気配がする。
すぐに非戦闘モードを解除して、ダークフルメイル状態になる。
天使様は顔色一つ変えずに、右手を立ててクイクイッと挑発をした。
ダークフルメイルの最高レベルで覚える〖武神〗のおかげで、学んだことがない拳法みたいな動きができる。
一気に距離を詰めて、武術による攻撃を仕掛ける。
殴り、蹴り、飛び蹴り、いろんなパターンの攻撃を試すが、天使様の体に掠ることもできず、彼女の武術によって全てが流されていく。
数分の攻撃を続けたが、一撃も掠ることができず、最後には女神様の投げ飛ばしに反応できずに、遠くまで投げ飛ばされてしまった。
訓練場に僕が落とされる音が虚しく響く。
「なるほど。少年の力はそういう感じの力なのね。大体理解できました」
「はいっ!」
「では――――その力を全て解除しなさい」
「え……?」
まさか力を解除しろと言われると思わなくて、少しの間ポカーンとしていたが、言われた通り、鎧を脱ぎ捨てた。
普通の服だけを身に着けた状態なんて久しぶりで、ダークフルメイルで見に付いていた〖身体能力+150〗がないだけで体が酷く重たいと感じる。
「さあ、もう一度かかってきなさい」
「は、はいっ!」
さっきと同じ動きを真似ながら攻撃を仕掛ける。
けれど、スキル〖武神〗と〖身体能力〗や他のステータスがなくなった僕に、さっきのような動きなどできるはずもなく。もっさりとした動きで全力で拳を振り回したり、蹴ろうとするけど、蹴り一つまともに叩き込めない。
すると、さっき同様に天使様は軽く僕をなげとばした。
地面に体が叩き付けられて全身に痛みが走る。
――――痛い。
さっきのように全く痛くないわけじゃない。それに……さっきよりも天使様が大きく見えて、敵うはずがないと、拳が少し震え始めた。
そのとき――――
「はあ……」
女神様が大袈裟に溜息を吐いた。
「少年。よく聞きなさい。貴方は力というものを誤解しているわ」
「力を……誤解ですか?」
「ええ。もう少し体に叩き込む必要があるわね。さあ、もっと来なさい」
まだ右手を立ててクイクイッと挑発する女神様。
彼女が何を言っているかは理解できない。それに、装備の力がない以上……彼女が怖い。
――――でもそんなんでいいのか?
昨日、ヴァイスにやられた僕を抱きかかえた姉さんは涙を流していた。
――――もう泣かせたくない。姉さんを一人にしたくない。
「はいっ!!」
立ち上がり、天使様に向かって走った。
何かがわかることがなくても、何度投げ飛ばされて痛い思いをしても、あの日に感じた負けたことの痛みの方が遥かに嫌だ。
もう何度投げ飛ばされたかわからない頃、一つ気付いたことがあった。
今まではただやみくもに攻撃をしていたはずなのに、目が自然と天使様の動きを追うようにしている。
だからといって身体能力が飛躍的に向上したわけでもないから、当てることも、投げ飛ばされなくなるわけでもないけど、投げ飛ばされるその瞬間までも天使様の動きを最後まで追い続けられた。
「こんなもんなの?」
「い、いいえ!! まだまだです! よろしくお願いします!!」
「いいわ。かかってきなさい」
「はいっ!!」
そして、僕はまた地面を蹴り上げた。
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