第68話 生きる覚悟。強くなる覚悟。
気を失いかけてはいたけど、ずっと姉さんの体温が伝わってくる。
「誠也……もう少しだけ耐えてね……私が絶対助けてあげるからね?」
頬に一筋の涙が落ちる。
ああ……僕はまだまだ姉さんの隣には立てないんだな……。
幼い頃。
父さんと母さんと姉さんと僕は、すごく仲がよくて毎日のように一緒に笑顔で過ごしていた。
両親も常に笑顔を絶やさず、二人を見て育った姉さんと僕も毎日のように笑っていた。
そんな幸せだった日々は突然終わりを迎えた。
その日は……悲しくも、姉の誕生日だった。
美味しいケーキを取りにいくと笑顔で出掛けた父さんと母さん。
僕と姉さんはワクワクしながら二人を待った。裕福なわけではなかったけど、何かを我慢しなければならないほどの貧困でもない。こうしたお祝いの日を家族みんなで祝うのが楽しくて、まだよくわからないけど、楽しい雰囲気が好きだった。
しかし――――待っても待っても両親は帰ってこなかった。代わりに、一本の電話が鳴り、それを受け取った姉さんが僕の見る前で涙を流したことで、只事ではないと感じ取った。
それからは時間があっという間に過ぎた。
両親が交通事故に巻き込まれたと知らされたが……親戚の話では革命を狙った探索者によるテロ行為に巻き込まれたと話しているのを聞いたことがある。
それから姉さんが高校に入るまで親戚の家を転々とし、姉さんの成長限界レベルが判明したことで国からの援助のおかげで二人で暮らすようになった。
両親が亡くなってからの日々が辛かったかというと……そうではなかった。だって……いつでも姉さんは笑顔で何でも楽しんでくれて、高校生の時も、探索者になった時も、危険には常に気を配りながらもどんどん強くなっていったから。
「――いさん! ――――い! すぐに――――」
「――つけ。もう呼――――」
「――がと――――とう」
「おう―――ここに――――」
どこからか声が聞こえてくる。姉さんと……赤い月のおじいちゃん……?
薄っすらと見えたのは、どこか温もりを感じる田舎にあるような和風の部屋。
すぐ隣で僕の体を何かで吹いている姉さんの姿がちらっと見えた。目が赤く腫れていて、今でも濡れているのがわかる。
姉さんを泣かせて……しまったんだな……。
「誠也!?」
僕が少し目を開けているのに気付いたようだ。
何か答えたいが口が上手く動かない。
「もう少し待ってて。絶対に死なせたりしないから」
――――悔しい。
誰よりも寂しがり屋の姉さんを一人にしてしまうかもしれない不安を与えてしまった。
それも全て……僕は弱いからだ。
扉が乱雑に開かれて一人のおばあちゃんが入ってきた。
「メイさん! お願いします! 大切な弟なんです。私にできることなら何でもするから、どうか弟を助けてください!」
「――セグレス。お黙り」
「メイさん……」
「ずいぶんと深くやられたもんだな……とりあえず、傷をしっかり治すとするかのぉ」
手に持っていた黒い杖の宝石部分を僕の体に当てて目を瞑った。
全身を覆う光がとても温かい。
肩から腹にかけて感じていた痛みもどんどん和らいでいく。
「あんちゃん。私の力で傷を癒すことはできても、生きるかは本人の意思じゃよ。しっかり体を治したいと強く思わなければならないよ」
――――生きたい。姉さんを一人にしたくない。
そして……強くなって姉さんを守れるような男になりたい。
僕のレベル成長限界は1。これ以上僕自身が強くなることはない。
でも、僕には仲間がいて、僕に力を貸してくれる装備達がある。経験値を得てレベルは上がらないかもしれないけど、強くなる方法があると学んだ。
だから……何となくのリーダーではなくて、ちゃんと強くなってみんなを守れるようなリーダーになりたい。
だから――――生きたい!!
おばあちゃんから伝わる温もりがより大きなモノになり、優しさが広がっていった。
◆
目を開けると、知らない天井だ。
何だか懐かしいような……和作りの部屋だ。
うちのおじいちゃんおばあちゃんは僕が生まれる前に亡くなっているそうで、もしおじいちゃんおばあちゃんが生きているなら、こういう家に住んでいそうだなと思える。
「起きたかい」
声がした方に視線を移すと、不思議な魔法を使ってくれたおばあちゃんがお茶を飲みながら、僕を見ていた。
「えっと、僕を治してくださったんですか?」
「まあ、婆が使える唯一の特技じゃのぉ。でも歳だからあまり使えないのよ」
「大事な力を使っていただき本当にありがとうございます。助かった命。大切にします」
「ふふ。若いのにしっかりしてるのぉ」
「守りたいものができましたから……それとお支払いをしないと……!」
そのとき、扉が開いておじいちゃんが入ってきた。
「それはいらん。婆の料金はわしが払っておいた」
「おじいちゃん!?」
「ほら、例の素材で作った杖じゃよ。あれで婆もより強い魔法が使えるだろうよ」
「まだ私を働かせる気かい! 爺!」
「婆の力は唯一無二だから、もっと働け!」
「バカ言うんじゃないよ!」
「小僧。あとで婆の杖も見てやってくれ」
「わかりました」
「ん? この杖は私にくれるんじゃなかったのかえ?」
「やるよ。でもそれだけじゃ小僧が納得しないだろうし、小僧にも少し払わせればいいさ」
「そうですね。僕もそうしてくださると嬉しいです。そういや姉さんは……?」
「赤いのは、国の偉いさんに呼ばれて行ったよ。緊急案件だからな。小僧の仲間達は小僧の居場所がわからないんだろう」
「そうだったんですね……あの、おじいちゃん。一つお願いがあるんですが」
「なんだ? 改まって」
「…………僕。強くなりたいんです。今回負けたのは力が足りなかったから……でもそれ以上に、僕自身が強くならないといけないって思わなかったから。姉さんとメンバーに後押しされて流されるように強くなっただけだから。だから……ちゃんと強くなりたいんです!」
「そうか……いいんじゃないか。強くならないと守れないものもあるからな。小僧の姉もそうやって強くなったからな」
「姉さんが……ですか?」
「ああ。強くなりたいって道場に押し入ってきたな」
するとおばあちゃんが思い出したかのように大声で笑う。
「カカカッ! 懐かしいじゃのぉ~爺」
「他人事じゃないよ。婆も協力してやりな」
「私を呼んだくらいだし、そこまで信用してるんじゃな。いいじゃよ。久しぶりにあれをやるかのぉ」
「その前に杖を見てもらえ」
「やけに推すんじゃのぉ……ほれ。小僧。私の杖じゃよ」
少し不満そうに杖を渡された。
そのとき――――部屋の外に付けられていると思われるテレビの音が聞こえてきた。
「緊急速報です!
その名前に心臓が飛び跳ねた。
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