第61話 盲目的に好きなこと

「たった一日で四十五層攻略……世界新記録だね」


 ダンジョンを出た姉さんは魂が抜けたように、赤く染まった空を眺めながらつぶやいた。


 スキルの身体能力のおかげなのか、体はそれほど疲れてはいないけど、今まで以上に神経をとがらせているので、精神的な疲れはある。


 今日は何を作ろうかと考えていると、紗月が斜め下から顔を横にして覗き込んできた。


「誠也く~ん」


「うわっ!? ど、どうした?」


「さすがに疲れてると思うし、しばらくは外食にしない?」


「えっ……? 僕は大丈夫だよ?」


「だ~め。体を労わるのも大事なんだよ? リーダーが倒れると攻略できなくなるし、何よりみんなが悲しむと思う」


 ちらっと見つめた姉さんはとても心配そうに僕を見守っていて、先輩は「えっ……? 狩りに行けないの……?」みたいな顔になっている。


「分かった。今日からしばらく余裕が出るまで外食にしよう」


「じゃあ、今日は私が行きたいところでもいいかな?」


「ん? もちろんいいよ? 姉さんと先輩も大丈夫?」


「「大丈夫~」」


「じゃあ、ご案内しま~す」


 紗月は嬉しそうに、スマホを操作すると、すぐにタクシーが来て、僕達を乗せてどこかに向かった。


 すっかり夕方になった外、走る道路から沈む夕日がとても綺麗だ。


 後部座席から楽しそうにしている三人娘の談笑がとても心地良い。


 やってきた場所は、街から少し離れた丘の上にある洋風の一軒家。


 中に入ると、こじんまりとしたレストランになっていた。


 案内されたのは、二階の窓側で、一階に三席と二階に一席しかない。


 テーブルに着くと、そこから見える夜景がとても素晴らしく、丘の上から街が一望できた。


 どんなものが出るのかと楽しみにしていると、まさかの――――鍋だった。


 また鍋か。


 向かいの嬉しそうにニヤニヤしている紗月を見ると、さすがに笑みが零れた。


 紗月にとって鍋は古い記憶を懐かしむもの以上に、世界で一番好きな食べ物なのかもな。


 白濁色のスープの中に緑の野菜、白い魚の身がたくさん入っていた。


 結構量も多く、食べ応えがありそうだ。


 いつも変わらず紗月がよそってくれたものを姉さん、先輩に渡し、僕と自分の分も丁寧によそった。


「「「「いただきます!」」」」


 何の鍋なのかなと思ったら、独特の旨さがあふれるアンコウ鍋のようだ。


 女性にとってはコラーゲンたっぷりで人気の鍋だ。


 みんな鍋の美味しさに自然と顔が緩んで、絶景を眺めながら幸せな時間を堪能した。



 ◆



 翌日。


 僕達は四十五層を越えて四十六層に入った。


 数年前まではここが最高層だった。


 景色は四十五層と変わらないが、見える魔物はより強力に見える。


「今日も無理はせずにほどほどに進んでみよう」


「「「はいっ!」」」


 相変わらず、戦っている探索者の姿はまったく見えない。入った場所によって場所が全然違うんだから仕方ないんだろうけど、四十層から先で会ったパーティーがたった1パーティーのみ。


 慎重に進む。


 幸いにもここの魔物は強力だからなのか、個体数が少ないので巻き込まれて二体同時バトルになったりはしない。三十層台は逆に個体数が多くて巻き込まれるのが日常茶飯事だった。


 最初の魔物と戦いを始めて僕が挑発で引っ張り、先輩の魔法を主軸に紗月の斬撃と姉さんの矢がどんどん続き、数分もしないうちに巨大な魔物が倒れた。


「最初の一体の時点でこうも大変なんだね」


「何とか上層に上がれれば、新しい素材を採掘できると思うんだけど……」


「…………そういや、姉さん。みんな」


 みんなが僕を見つめる。


「漆黒ローブの【影移動】ってたしか影に入れるんだよね?」


「そうね」


「それなら――――みんな僕の影に入ってくれる?」


 みんな首を傾げるが、僕に言われた通りに影の中に入ってきた。


 久しぶりに見たけど、体が影に溶け込むのが中々不思議。


 ちなみに、影の中に入ると、動く影の中に乗る・・感覚だそうだ。


「じゃあ――――一気に駆け抜けてみるっ!」


 そこから全速力で走り込む。


「えっ~!? しょ、少年! 魔物が遠ざかっていくよ!?」


「それでいいんです!」


「そ、そんなあああああ!」


「最終ゾーンに着いたらたくさん戦わせてあげますから!」


「少年のいけずううううううう!」


 影の中から鳴り響く先輩の声。影から出ないのはきっと姉さん達に拘束されているんだろう。


 僕の挑発に引かれてやってくる魔物を通り抜けて、全速力で走った。


 身体能力のおかげで一時間走り込んでもそれほど疲れなかった。


 最終ゾーンの前でみんなが影から出ると、すぐに先輩が僕の胸にポコポコと叩きながら「少年のばかああああ!」と泣き叫んだ。


 いや……いまからバリバリ戦うのに、戦いとなるとこうも子供っぽくなるんだよな。


 それから俺達は最終ゾーンに入る。


「レッサーキマイラ。火氷雷属性の魔法を使うし、物理攻撃も強いから気を付けてね!」


「「「了解!」」」


 僕が走ろうとしたその時、後ろから凄まじい勢いの魔法が放たれた。


「少年のバカああああああ~!」


 先輩……まだ根に持ってたのか……。

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