第59話 鍋
グツグツと沸いた鍋をみんなで黙々と食べ始める。
紗月は意外と自然体で食べていて、ご両親はまだ少し戸惑っている。
「あら、すごく美味しいわね」
スープを口にしたおばさんが口を開いた。
「誠也くんって料理って全部美味しいんだよ?」
「そっか…………もしかして最近の食事は彼に作ってもらってるのかしら?」
「う、うん」
「これなら普通に買って食べるよりずっと美味しいし、羨ましいわ」
意外な反応に、一瞬ポカーンとした紗月は「うん!」と笑顔で答えた。
一部始終を見ていたおじさんは小さく溜息をついた。
鍋を食べ終えた頃、紗月のスマホに電話がかかってきた。
紗月が電話に出ると、どうやら警察からのようだ。意外と早かった。
「はい。両親は私のところに無事にいますので。はい。すぐに会社に戻ると伝えてください」
電話を切った紗月は苦笑いを浮かべて僕達に向いた。
「手荒れなことしてくれたみたいだね」
「まあ、壁に穴を開けたくらいかな~」
「会社は大騒ぎらしいよ? 黒い仮面の人達に攫われちゃったって」
「まあ……そうなるよね。姉さん? これからどうするの?」
「ん? どうもしないよ?」
「えっ」
「だって、悪いことしたわけじゃないし、そもそも、これは水無瀬さん達の
「…………いや、
恩人……?
おじさんは恥ずかしそうに視線を下に向けて、続けた。
「紗月の笑顔を見たのはいつぶりだったか思い出せなかった…………俺達は世界のために頑張ってくれる探索者達のために彼らを支えたかった。周りに恨まれるような商売は確かにしていない。だが……実際愛すべき娘の笑顔を見たのはいつぶりか……危険な探索者ではなく、もっと安定した仕事に就いてほしいと思ってしまった。探索者を支える経営者が呆れてしまうな」
「貴方…………それを言うなら私もです。仕事が忙しくて、こうしてみんなでご飯を食べるなんて時間も作れなくて……紗月ちゃんとご飯を食べたのも一か月前。その前は数か月前…………母親失格です……」
「そんなことない! 私にとってお父さんもお母さんも誇りだよ!」
「紗月……」
「でも……一つだけ不満があるなら…………たまにでいいから、こうして…………また家族三人で……あのアパートに住んでいた頃のように…………ゆっくり鍋を食べたいな……」
涙を浮かべた紗月をおばさんが抱きしめる。
あとは家族水入らずで話してほしいから僕と姉さんは窓から外に出た。
紗月が住むマンションの近くのビルの上。姉さんと非戦闘モードを解除して並ぶ。
「姉さん。家族っていいね」
「もちろんだよ。誠也には私がいるからね!」
「うん。姉さんがいてくれて僕は本当に幸せ者だよ。でもあの壁はやりすぎかな」
「あれくらいしないと、水無瀬さん達の気持ちも吹っ切れなかったと思うよ?」
「そう言われると妙に納得しちゃうけど、まあ、今回はめでたしめでたしでいいのかな?」
「もちろんよ! 明日からまたダンジョンで暴れるわよっ~! そろそろ最上層に着くし」
そういや、明日から四十五層の攻略が始まる。
現在日本ダンジョンの最高層は四十七層。それまであと二つ。
今でもニュースでは姉さんの脱退により、攻略が大きく停滞したとされているが、何とか四十七層のフロアボスを倒したいなと思う。
そもそも日本の上位探索者達が集まってようやく倒せるフロアボスを、僕達たった四人で倒せるのか……?
「そういや四十七層から
「ふふっ。鍛冶用槌もずいぶんと気に入ってくれたみたいだし」
「あんなに喜ぶおじいちゃん見たのは久しぶりだよ~きっと今でも槌を振り下ろしてそう」
「来週には大量の素材を届けられるように頑張ろう~」
「お~!」
すっかり暗くなった中、僕と姉さんは家に帰って眠った。
◆
次の日。
朝早くチャイムの音が聞こえてインターホンを見ると、紗月だった。
「二人とも、本当にありがとうございました!」
紗月は玄関に入って早々に深々と頭を下げた。
「ご両親との話し合いは済んだ?」
「うん! おかげさまで、これから毎週末はちゃんと家族で過ごそうって話になったよ。経営者だから労働基準法が適応されないから、毎日遅くまで働いていたから、そろそろ骨休みするべきだったかもと逆にホッとしてたよ」
「僕も好きでダンジョンに入ってるけど、好きなことって無意識的にずっとやっちゃうからね……」
「そうね。誠也くんに言われるとすごく納得しちゃうよ。それと探索者の許可は出たから、これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ、これからもよろしく」
朝食は食べてきたらしいので、そのまま先輩を迎えにいって、学校で出席チェックをしてから、僕達は初めての四十五層に向かった。
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