第57話 紗月の現状

 日曜日。


 今日も休みだけど、とくに約束はなく、姉さんと一緒に散歩に出た。


 昨日は一日中、二人で思いっきり狩りをした。初めての姉さんとの狩りはとても楽しかったけど、紗月と先輩がいるパーティー戦も楽しい。


「姉さん……? 腕を組むのはやっぱりやめない?」


 公園を散歩している時でも僕の腕に抱きついている。


 変装していても姉さんの美貌も相まって、通りかかる人々がチラッとこちらを見てくるのだ。


「や~だ」


 口を少し尖らせて話す姉さん。


「はあ……まあ、いっか。散歩終わったらどうする?」


「ん~久しぶりにマッサージでも行こうか?」


 探索者は体が資本だと言っていた姉さんは、時々僕を連れてマッサージに通っていた。


 僕が探索者になってからはなんやかんやで行かなくなったから、少し懐かしい。


「身体能力のおかげなのか、あまり疲れは感じないのよね」


「うんうん。私もそれは感じてるよ。普段よりも何倍も体を動かしやすくなるスキルだからかも? 無理しない動きというのは、体に負担もかけないからね」


 姉さんが言いたいこと、分かる気がする。探索者になる前となった頃、身体能力を獲得した後では体の使い方や疲れ方が全然違うから。


「まあ、疲れすぎてはないけど、体を大切にしたいし、行こうか」


「うん!」


 姉さん。どこか嬉しそうだ。


 ゆっくりと公園を歩いていると、ふと遠くのベンチに見慣れた色が目に入った。


 日の光を受けた水色の髪は、輝いているか水面のように風に揺れていた。


「紗月……?」


「紗月ちゃんだね。でも何か表情が暗いわね」


「昨日今日は両親に会うって話だったけど、どうしたんだろう? ちょっと行ってくる!」


「あ、私もいく~」


 悲しげに自分の手に視線を落としている紗月の前に急いだ。


「紗月」


 はっとなった紗月が顔を上げると、少し濡れた目で驚いた。


「せ、誠也……くん?」


「こんなところでどうしたんだ?」


 目立って泣いたわけではないけど、目元が濡れている。


 僕は急いでハンカチを取り出して、彼女の目元を拭いてあげた。


「何かあったのか?」


「…………」


「言いたくなかったら言わなくていいよ。えっと、お腹は空いてない? 何か作ろうか?」


 そう話すと、紗月の目にますます大きな涙が浮かび上がる。


 これは何か地雷を踏んでしまったのかな……? 困った……。


 もしかしたら一人にしてあげるべきだったかな……。


 そんな僕の心を読み取ったのか、彼女は小さく微笑み、顔を横に振った。


「誠也くんは何も悪くないよ? それとありがとうね。私個人の問題だから……」


「そうか。いつでも相談してくれていいから。僕は紗月のパーティーメンバーだし――――友人だと思ってるから」


「誠也くん…………うん。ありがとう」


 彼女は少し気が楽になったように微笑んだ。


 それから僕達は場所を移して、家に戻ってきた。


 ソファーに座る紗月と、すぐ隣に座って手を握りしめる姉さん。


 僕は温かいハーブティーを作った。


「ありがとう」


 ハーブティーで唇を濡らして、少し落ち着いた表情を見せた紗月は、事情を話し始めた。


「実はね。うちの両親は私が探索者になるのを反対していて…………レベル成長限界値が高い時点で念を押されていたけど、髪色が変わったのと、学校のクラスの件も伝わってしまって…………探索者を辞めるように言われてしまったの……」


 ご両親は普段から忙しくて、一緒に住んでいないとも言っていたっけ。


 僕が思っているような『両親』とはかけ離れた存在だ。


「私……探索者を辞めたくないの。誠也くんがいて、夏鈴姉様がいて、澪先輩がいて…………みんなで毎日ダンジョンに行ったり、散歩したり、ショッピングしたり…………それがすごく楽しいの……だから何とか両親を説得しようとしたけど、上手くいかなくて……」


 握りしめた紗月の拳を、姉さんが優しい笑みを浮かべて拳を包み込んだ。


「紗月ちゃんは両親が大好きなんだね」


「…………はい。今でこそ……離れて生きてますけど、私がまだ幼い頃はまだ狭いアパートで、毎日一緒にテーブルを囲んで鍋を食べて……」


 紗月がいま感じていることは、何となく理解できる。


 僕も姉さんが学校を卒業して本格的に探索者になった一年間は、毎日寂しいと思っていた。


 誰かのために作っていた食事も、姉さんのいないリビングで、一人で食べる日々。


 姉さんがどうして探索者になったのかくらい理解していたから、寂しいとは思っていたけど、決して嫌ではなかった。


 きっと紗月だって同じ思いのはずだ。


 ご飯を食べるために、服を着るために、家に住むために、生活費が必要になる。そのために頑張ってくれた姉さん。紗月にとっては両親。


 けれど――――一緒に過ごせる時間が激減して寂しいと思うのはあるし、お互いの距離がどんどん離れて親子関係から離れてしまうのを感じているのだろう。


 彼女の悲しくも悔しそうな涙がそう語っていた。


「紗月ちゃん。後は私達・・に任せなさい」


「夏鈴……姉様?」


 姉さんは「ふふっ」と笑みを浮かべて、狩人の顔・・・・になった。

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