第56話 姉と弟の壁

 先輩とシリウスの活躍もあって無事サソリゾーンを抜けて奥に進んだ。


 赤い砂地を最奥まで進めると、現れた魔物は赤いハイエナの魔物だった。


 動きが非常に速くて魔法や矢を避ける習性があったが、意外に挑発されていると避けなくなって簡単に倒す事ができた。


 四十一層を攻略し終えた頃にお昼休みとなった。


「それにしてももう四十一層も攻略か~私の時は、ここを攻略するのに何日もかかったんだよね」


「そういえば、姉さんって学校の頃はずっと一人だったんだよね?」


「ううん。二人だったわよ。三年生の頃にパーティーを組んだ男性がいて、彼とずっと二人だったわね」


「そうだったんだ? 意外だね」


「ふふっ。彼も中々強かったけど、卒業してからはクランに参加したからもう組まなくなったわ。卒業してからは会ったことないわね~」


 姉さんの探索者時代のメンバーの話は聞いたことがないので少し嬉しく思う。


「むぅ……」


「ん? どうしたの?」


「少しくらい嫉妬してくれないの?」


「いやいや……姉さん可愛いし、彼氏くらいいるでしょう」


「えっ……? い、いるわけないじゃん……?」


「えっ……?」


 ポカーンとする姉さん。


「誠也? 私が誠也に許可なく・・・・・・・彼氏を作るわけないでしょう!? ま、まさか……誠也って私に許可なく彼女を作ってる!? まさか紗月ちゃん!?」


「違うよ!」


「あっ……う、うん……私なんかだと……嫌だよね……」


「ち、違うっ! そういう意味じゃなくて! 姉さんが変なこというから誤解されそうじゃん!」


 肩を落とす紗月に先輩が寄り添ってあげる。


 姉さんは目に大きな涙を浮かべて、僕にしがみついてくる。


 はあ……どうしてこうなった!?




 午後からは四十二層に入って、意外と無事進むことができて、次の日も四十三層、四十四層と、何も危なげなく進むことができた。




 土曜日の休日がやってきた。


 四十五層の攻略――――と思ったけど、今日は紗月が両親に呼ばれた日ということと、ついでに先輩も家族と過ごすからと、僕と姉さんだけになった。


 先日から口数が減って少し気まずい姉さんと朝食を食べてソファーで寛ぐ。


 そういや、二人だけの日ってなんだか久しぶりというか、毎日ダンジョンばかり攻略しているから、こういうゆったりした日は珍しい。


 最近は日曜日もみんなで買い物に行ったりしてるから、ゆったりしているのとは少し違う感覚。リフレッシュした感じ?


「…………」


「姉さん」


「う、うん?」


「ちょっと聞いてもいい?」


「い、いいよ?」


「高校生んときにパーティーを組んでいたと言ってたじゃん?」


「そうね」


「クランに入るから別れたの?」


 その質問に少しもぞもぞとする姉さん。実はこれも紗月の入れ知恵で、そこら辺を気にしてあげるべきだと言われた。


 正直、僕としては女性の気持ちはよく分からないというか、姉さんは自慢できるほどだし、身内贔屓ひいきなしで国内でも指折りの美女だと思っている。


 姉さんに彼氏がいると思うのは、あまりにも自然なことだった。


「えっと……違うよ?」


「そうなの?」


「…………高校の時に、一人になったってことは言ったよね? あれって一年生の頃の話なんだ。二年生のなった頃には、当時の三年生の先輩や社会人の人達と同じくらいになってて、ちょいちょい誘われていたんだよね」


「え? 意外だね?」


「最初から私は攻略にしか興味がなくて、自分の階層に合うパーティーを選んで臨時で組んでいたんだけど…………大半のパーティーは攻略というより、私の体が目的だったの」


「…………」


「あれっ……? 誠也? 怒ってる?」


「いや、そりゃ怒るでしょう」


 何だか嬉しそうな笑みを浮かべた姉さんに、怒りが和らいでいく。


「結局は一年間色んなパーティーを組んでて、言い寄る男ばかりに嫌気がさして、二年生末には一人になったんだよね。その頃から私と組むとめちゃくちゃだって噂が流れていたけど、まあ、あれは本当のことでもあったしね」


 その噂は今でも尾を引いているけどね。


「三年生になった頃、同じ階層で戦っている一人の男性と出会って、三回くらい同じ階層で会って、攻略のためにパーティーを組んだんだよね。それから一年間、それなりには仲良く攻略を頑張って、おかげで私も攻略が進んだかな。それにしても彼は中々強かったよ」


「姉さんについていけるし、上層を一人で歩くんだから強そうだよね」


「うん。それから私が卒業したその日に、卒業おめでとうってプレゼントをくれて、とある勧誘をしてきたんだよね」


「えっ。勧誘……?」


 そこは付き合ってくださいとかの告白じゃなくて、勧誘なの?


「彼は何とかの会に所属しているから、そこに参加しないかって言われて、何をする会か聞いたけど教えてくれなくて、ダンジョンを攻略する会ではないとだけ言われたから、断ったの。あれから彼には会ったことがないかな」


 意外な結末だった。


「姉さん? もし彼から告白されてたら…………付き合ってた?」


「付き合わないよ?」


「えっ。だって一年間一緒に攻略してたんだよね?」


「そうね。攻略のためにね。男女の関係を迫られるなら、とうの昔にパーティーは解散しているわよ」


「…………姉さんって……もしかして、女性が好きとか?」


「っっっ!? ち、違う! 私が好きなのは――――――!」


 そのあと、一気に声が小さくなり姉さんは呟いた。


「――――――ずっと誠也と一緒にいたいから……誰かと付き合ったりそういうの興味ないの……」


 姉さんって昔から僕を大切にしてくれるけど、ここまで大切にしてくれているなんてな……。


「姉さん。ありがとう。でも僕が一人前になるまで一緒にいてくれるのは嬉しいけど、僕は姉さんの幸せな姿も見たいかな?」


「っ!? 違うの! 誠也と一緒にいるのが一番幸せなの!」


「え、えっと…………」


「だから誰かと付き合う気はないし、そのつもりもない! だから誠也も――――彼女とか作らないでほしいけど……誠也が好きになった人なら……仕方ないというか……でも事前に相談してほしいな……」


「いやいや、僕なんかと付き合ってくれる人なんていないでしょう。それに僕もそういうのは興味ないしな」


「そうなの?」


「せっかく探索者としてここまで来れて、姉さんと一緒に探索者してるんだから……夢が叶ったけど、まだ四十七層には行けてないから、行けるくらい強くなりたいだけかな」


 姉さんが優しい笑みを浮かべる。


「あ、でも一つだけ残念なことがあるかも」


「残念なこと?」


「僕も――――――――姉さんと二人でダンジョン攻略してみたかったかな」


 そう話すと顔を赤らめて何かを言いかけて俯く姉さん。


 あれ……? 言わない方がよかったかな……?


 すると立ち上がった姉さんが手を差し伸べた。


「誠也。遅いってことはないと思うの。これから――――二人でダンジョンにいかない? 中層だけどね!」


 満面の笑みを浮かべた姉さんに、どこか最近ギクシャクしていた関係が一気に晴れたのを感じた。


「うん! 行く!」


 僕は人生初めて、姉さんと二人で、ダンジョンで時間を過ごした。

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