第45話 最強探索者の休止理由

 調理中だったものを全て止めて、急いで姉さんの前に移動する。


 ソファーに座っている姉さんの前に正座をしようとしたら、姉さんも感づいて床に正座をした。


 お互いに正座で向き合う。


「姉さん」


「う、うん?」


「さっきのニュース。姉さんが所属しているクランで、姉さんの名前に間違いないよね?」


 目を泳がせていた姉さんは、小さく頷いた。


「本当は相談してほしかった……というのは弟としてのわがままかな。でも姉さんがそう決めたのなら、僕はそれを応援したいよ。えっと、辞めた理由を聞いてもいい?」


 姉さんは目を大きく見開いて、僕を真っすぐ見つめた。


 何かを言いかけようとして、口と目を閉じて考え込んだ。


 数十秒考え込んだ姉さんは、何かを決意したように目を開けた。


「ちゃんと話すね? 実は誠也が入学した次の日に、私は脱退を申し出たの」


「そんなに前から!?」


「うん。誠也のレベル成長限界値が1だと知って……色々悩んだの。私が探索者を頑張ったのは、誠也にカッコいい姉として背中を見せたかったから。でも私があそこにいると、誠也が探索者を…………諦められないと思ったんだ」


「姉さん…………」


「レベル1ってさ……神様から絶対に探索者になるなっていう示しだと思ってたんだ……だから、誠也がもう探索者を夢見なくてもいいように、私も探索者を辞めようと決意して、クランメンバーにも話したんだけど、色々攻略のこととか、政府とかあって、今日までかかってしまったんだ…………一応、これが本当の理由だよ」


 僕に探索者を夢見させてくれたのは、姉さんだった。


 姉さんが探索者になる前から、僕は夢を追いかける探索者がヒーローのように見えた。


 大人になったら探索者になって活躍して、お金もたくさん稼いで姉さんには苦労させずに一緒に生きていきたいと思ってたし、僕自身も活躍する自分に心を震わせていた。


 それが、現実ではレベル成長限界値1で探索者にはなれないと烙印を押されてしまった。


 ――――でも実際は違った。


 僕はレベルが上がらない代わりにスキルを手に入れて、装備のレベルを上げることで強くなれる。


 あの日。姉さんにそのことをちゃんと伝えておけば、姉さんは辞めずにいられたのだろうか?


 僕のせいで日本で最も強い探索者が活動休止をしてしまったのではないのか?


「え、えっと…………というのが、元の理由・・・・なの!」


「ん……? 元の理由?」


「だって、誠也ったら一人でも探索者になって、パーティーも組んで立派にやれているじゃない。だから私も最初は活動休止はしないでおこうかなと思っていたの」


 そう言われてみると、一週間もしないうちに何とかダンジョンで狩りができるかもって言っていたっけ。紗月を紹介したのも一週間が経過した頃だ。


 僕はもう探索者になっているんだから、姉さんが活動休止するまではしなくてもいいはず……?


「えっと……わ、私もっ! ――――私も誠也と一緒にダンジョン攻略したいの!」


 ――したいの!


 ――――したいの!


 ――――――したいの!


 自信満々に目を光らせて大きな声を響かせた。


 うん。やっぱりそういうことか。


「姉さん? 姉さんが探索者を休止してしまっては、日本の未来がよくないと思うんだけど」


「ふふっ。誠也は何か大きな誤解をしているね!」


「誤解……?」


 正座していた足を崩して、姉さんと一緒にソファーに座る。


 向かいのソファーには紗月と澪先輩も見守っている。


「私は今まで何人もの探索者を見てきたよ。それこそ、探索者から製造になった人もたくさん見てきたし、最先端で色んなスキルを間近で見てきたつもり」


 クラン【アムルタート】は日本公認の最強クランだ。そこに全ての最先端技術が集まるのは当然の話だ。


「だから抜けるのに国とかも関わって色々めんどくさかった。それはいいとして、私が誠也のパーティーに入りたいのは当然だけど、それだけの理由で色んな人に迷惑をかけたりはしないよ?」


 いや、可愛らしく首を傾げても、それってつまり、色んな人に迷惑かけて来ましたって言ってるよね!?


「そこまでしても間近で見たかったんだ――――誠也の力を」


「僕の力?」


「紗月ちゃんにあること全て報告してもらうようにお願いしていたの」


「いつの間に!?」


「彼女と初めて会った時から!」


 当の紗月はというと、「スパイ活動頑張りました……! 褒めてくださいセグレス様!」と言わんばかりに嬉しそうな笑みを浮かべている。


「そこで、誠也の力は日本だけでなく、世界的に――――とんでもない力かもしれないと思ったんだ。だから今のうちに誠也と行動を共にしたいの」


「仮に僕のスキルが珍しいとして、でも姉さんには手も足も出ないよ?」


「そうね。今はね」


「今はって……僕はもう強さが限界みたいなもので、ダークフルメイルだってレベル最大だし、もう強くはなれないよ?」


 紗月達のレベルが上がれば、いずれ僕は置いて行かれてしまう。それも覚悟の上で、自分でできるところまで必死に足掻こうと思ったけど、現実はそう簡単ではないはずだ。


 しかし、僕の想像とは裏腹に、姉さんは笑みを浮かべて頭を横に振った。


「ううん。誠也はいま大きな勘違いをしているよ」


「勘違い……?」


「限界が近いのは――――誠也ではなく、私達なの」


「えっ……?」


「私も紗月ちゃんも澪ちゃんも、レベルには絶対的な限界が存在する。まだ私達には少しばかり猶予が残されているけど、いずれ頭打ちになる。それに対して、誠也は限界がない」


「いや、だから……もうとっくに限界……」


「それはダークフルメイルだからでしょう? しかも、その防具って、三十層の装備なんだよ? まだ四十七層の素材で作った装備ではないの。それにフロアボスのレア装備だって強化できるんでしょう? 誠也は私達とは比べられないほど未来があるの。もし装備を私達に託してくれれば、その分私達も強くはなれる。でも、誠也には誠也の力があるはずよ」


 姉さんは真っすぐ僕の目を見つめた。


「いくらダークフルメイルが三十層の装備でも、キングワーウルフの腕を千切るのは絶対無理よ。しかも蹴り・・・・・でね。誠也には装備を強くする以外にもずっと強い力があると思う。だからね? 私はそんな誠也にすごい魅力を感じてパーティーに入れてほしいんだ? あと、弟と……一緒にダンジョンに入りたいというか……毎日一緒にいたいというか…」


 見守っていた紗月達に視線を動かすと、二人とも笑顔で頭を縦に振ってくれた。


「もうああなったものは仕方ないから……姉さんに恥ずかしくない弟でいられるように頑張るよ。姉さん。これからよろしくね」


「うん!」


 姉さん。不安だったのかな? 目元が少し濡れていた。

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