第36話 新しい家族

 家に帰って来てボーっと時間を過ごす。


 マジックパックの中から今日ドロップした卵を取り出した。


 先輩曰く高額で取引されるらしいが、一度孵化させると取引はできなくなる。選択肢としては売るか孵化させるかだ。


 卵を手で持っていると、ドクンドクンと鼓動が伝わってくる。


「生き物…………なんだよな…………」


 普段から卵はよく食べているけど、無精卵なので生き物の息吹を感じることはない。


 でも、いま僕の手の中にある卵は、温もりと鼓動を感じる。


 ふと、入学した日のことを思い出した。


 レベル成長限界値【1】となり、Fクラスに配属され、一人で戦う羽目になった。


 あれは俺にヘイトが集まらないように先生が気を利かせてくれたものだったが、結果的には一人ぼっちになった。


 ――――寂しくない。とは言えない。


 この卵をもし売ったとして、この子はちゃんと餌を与えられるのだろうか? そう思うとどうしても売りたくない。


 気づけば僕はスマホを取り出してメールを送っていた。


『姉さんへ。今日ダークウルフの卵がドロップしたんだ。本当は売って生活の足しにした方がいいと思うんだけど、どうしても売りたくなくて……でも育てるには僕一人の力ではできないので姉さんさえ良ければ、孵化させたいんだけど、どうかな?』


 送信ボタンを押して、僕は高鳴る胸の鼓動を聞きながら天井を見上げた。


 もしダメだったら紗月にお願いしてみるか……。


 プルルルル……プルルルル……


「うわっ!?」


 急に電話が鳴るもんだから驚いてしまった。急いで電話に出る。


「もしもし?」


「誠也~!? ダークウルフの卵おめでとう~!」


「姉さん……ありがとう」


「誠也はどうしてその子を飼いたいの?」


「それは…………何だか他の人のところにいくと、餌を与えられるか心配だし……乱雑に扱われないか心配で……」


「じゃあ、誠也はちゃんと面倒みてくれるのね?」


「もちろんだよ!」


「ふふっ。なら――――育てよう! ちゃんと家族として迎えよう~!」


「姉さん……! ありがとう!」


「明日帰るから名前は明日決めようね!」


「分かった!」


「じゃあ、私はそろそろ仮眠を取らないといけないから、おやすみ~誠也」


「攻略頑張ってね。姉さん。おやすみ」


 電話が終わり、僕は拳を握った。


「っしゃ~!」


 思わず声を上げるくらいには嬉しい。


 ダークウルフの卵を両手で持つと、目の前に画面が出現する。


《ダークウルフの卵を孵化させますか?》


 もちろん、【はい】だ。


 卵から黒い闇のオーラが立ち上り、部屋に広がり始める。


 闇だというのに、どうしてか温かさを感じる。


 やがて闇は一か所に収束して、一匹の――――子犬に変わった。


 全長三十センチほどの小型犬。黒い毛並みに所々に白い毛が模様のようになっている。


 つぶらな瞳が僕の膝の上から見上げてきた。


「キャウン?」


「っ!? か――――可愛い!」


 生まれたばかりのダークウルフの頭をわしゃわしゃと撫でてあげる。


 意外にも気持ち良さそうにしてくれるし、それがまた可愛らしくて心の底から癒される。


 今日は色々癒される日なのかもしれない。


「クゥン?」


「君の名前は明日みんなで付けてあげるから少し待ってくれな? お腹は空いてないか?」


「キャンキャン!」


 尻尾を振るってことは、ご飯が食べたいのか。


 そういや、犬? 狼? って何を食べるんだ……? やっぱりドッグフードか肉か?


 色々悩んでいると、僕のマジックパックを鼻でツンツンと押しながら匂いを嗅いでいる。


「マジックパックになんかあったっけ」


 中にあるものを取り出してみる。


 木剣と魔物の核ばかりだ。


「ワンワン!」


 狼も犬みたいに鳴くんだな……ってそうじゃないか。反応しているのはどうやら魔物の核のようだ。


「もしかして、これがほしいのか?」


「ワンワン!」


「えっと…………まさか核を食べるとか言わないよね?」


 恐る恐る核を目の前に見せると――――嬉しそうに手の中にある核をむしゃむしゃと食べ始めた。


「ええええ!? ダークウルフの餌って……魔物の核なのか……」


 核は素材にできるものとばかり思っていたが、どうやらダークウルフの餌にもなれるらしい。


 食べている最中は不思議と全身から黒いオーラが立ち上る。


「尻尾を振り回してるってことは……美味しいか?」


「ワンワン~!」


 どれくらいあげたらいいか分からず、ダークウルフが満足するまで核を与え続けた。


 本当なら売ろうとしていたけど、ずっとマジックパックに置いておいたよかった。


 ダークウルフは大体今日の一日分を食べ切って満足そうに元気に部屋の中を走り回った。


 不思議なのは、非常に身軽のようで、猫のように高い場所に器用に跳んで上がったり、片足だけで立ったりするし、物をしっかり分別するようで、落として割ったりしない。むしろ、どちらかというと――――


「ダークウルフ? もしかして、掃除してくれてる?」


「キャフン!」


 ドヤ顔で返してくれるってことは、やっぱりそういうことか。


 ダークウルフの周りに微弱な風が舞い上がって、普段掃除しにくい場所のゴミを全て巻き上げてくれる。


 数分も走り回ると、ダークウルフの背中の上空に風によってゴミが丸まっていた。


「掃除ありがとうな!」


「ワン!」


 ダークウルフを愛でてから、ゴミを回収して捨てた。


 家族になったこの子は、とても家族思いのいい子なんだと知ることができた。

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