第30話 高い場所
日曜日。
今日も変わらず朝ダンジョン前で集合した。
「お、おはよう!」
目の前に着いた彼女は、少し緊張したように声を上げた。
「お、お、おはよう!」
いや、僕の方がもっと緊張しているな。
「誠也くんの私服……なんだか新鮮だね」
「紗月こそ……凄く似合ってるよ」
「えへへ~ありがとう!」
天使のように笑う紗月の私服姿。僕も私服で来ている。
今日はダンジョン攻略ではなく――――オフの日だ。
姉さんから戦士も休息が必要だと言われて、日曜日くらい休めと言われた。
確かにここ三週間ぶっ通しでダンジョンに入っているけど、それが積み重なるといざという時に危ないと言われた。
ということで、今日はオフ日にしたのはいいが、まさか紗月から街に出たいと言われ、どうしてかデート…………をすることになった。
「い、行こうか」
「うん!」
並んで歩く紗月から、甘い香りがする。きっとシャンプーの香りかな?
それにしても姉さん意外の女性と街を歩くのは初めてで緊張する。
「誠也くん。今日なんだか変だよ?」
「い、いや……ふ、普通だと思うんだけどな……」
「ふふっ。私と一緒にお出かけは初めてじゃないんだから緊張しなくていいと思うんだけどな~」
「ん……?」
「ほら、この前、一緒に装備店に行ったでしょう? あれだってそうでしょう?」
そう言われてみれば、紗月と一緒にお出かけするのは初めてじゃないな……?
「そっか。それもそうだな」
「うん。だから気楽にしてくれたら嬉しいな~」
どちらかというと、私服の彼女と歩くのが緊張してしまうんだけどな。
それにしても、両手にはちゃんと鉄のブレスレットが嵌められている。
「紗月? その腕輪……」
「あ~これね。何だか外したくなくて。誠也くんがくれた腕輪だから…………」
「っ!?!?」
「てもちょっと似合わないよね」
「そ、そんなことはない! 紗月は何でも似合うよ!」
「ふふっ。ありがとう。お世辞でも嬉しい」
お世辞じゃないというか…………これは新しい腕輪を用意しなければならないな。
ダンジョンからゆっくり市街に向かい、カフェに寄った。
まだ朝食を食べていないので、二人で朝食を買ってテーブルに向かい合う。
買い物代金だが、姉さんから遠慮しないで買ってくれと言われている。これも社会貢献活動だから、どんどん使えということだ。
お言葉に甘えてというか、いつか僕も返せるようにしたい。
お店のサンドイッチなんて久しぶりに食べたけど、こういう作りも悪くないなと思う。
フランスパンくらい堅さがあるけど、挟んでいる野菜やお肉の甘味と合わさって、とても美味しい。
紗月も美味しそうに食べている。
ふと目が合って、思わず視線を外してしまった。
姉さんなら何とも思わないんだけどな……困った。
朝食を食べて、今度は近くのデパートに入る。
何かを買うわけじゃないけど、観光気分で一階から色んな物を見ながら一緒に歩く。
時々たわいないことを話しながら、雑貨だったり服だったりを楽しんだ。
最上階にレストランが充実していて、昼食はレストランで食べることに。
紗月は意外に庶民派というか、あまり高級レストランには入りたがらない。育ちがいいというか、とても似合うはずだけど、普段いけないからとファーストフード店を選んだ。
テーブルではなくカウンター席に並んで座り、ハンバーガーを食べながら最上階の景色を堪能する。
「低い場所だと分からないけど、高い場所から見ると私達の街って凄く広いんだね」
「そうだな。ダンジョンだった上から見たら広いのかもな」
「それもそうね。ダンジョンだと山とかないからね」
遠くに見える山はたどり着けないからな。
「うちも昔は……お金がないなりに安い食材でチキンライスを作って、お父さんとお母さんと囲んで食べたりしたんだよね。でも…………高い場所に着いて広いことが分かったら、もうそういうことはなくなっちゃった」
「そっか……」
「私ね。君が作ってくれるご飯がとても好きなんだ。昔、お母さんが作ってくれたような……優しい味がするんだ。どんなレストランでどんな腕利きシェフが作ってくれた食事でも、あの時の美味しさはもう味わえないと思ってた」
「紗月…………これからいくらでも作ってあげるよ」
「えへへ……嬉しい……でも――――」
彼女はそれ以上何も言わず、ただただ窓の外の景色を眺めた。
彼女が言いかけた言葉。何となく想像できる。
高い景色を知って、広さを認識することで人は上を目指したくなるものだ。
今の僕だってそうだ。
姉さんが買ってくれたダークフルメイル。これを強化すれば姉さんに近づけるかもしれないという夢。高み。
そこを目指すのは悪いことではないけれど、足元のことなど気にしなくなる。
紗月の両腕に嵌められた鉄のブレスレット――――新しい物を用意しなくちゃと思ってしまった僕の心のように。
「紗月。大丈夫だよ」
「ん?」
「大事なのは大切に思い続けることだと思うんだ。高みを知ったから足元が見えなくなるのはよくあるけどさ。でも本当に大事なのは想いだと思うから。紗月が両親のことを思い続けることで、必ず伝わる日がくるよ」
「そう……だといいな」
僕が姉さんの隣に立ちたい理由は、知らない場所で姉さんが命を落とすかもしれないという恐怖だ。
最強探索者だとしても、少し無理をすれば人はガラスのように簡単に割れてしまう。
だから僕は一日でも早く姉さんに追いつきたい。
その願いが叶って――――僕の隣に紗月がいて、おかげでここまで来れた。
次は――――
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