第14話 姉さんと僕

 家に帰ってくると、電気がついているものの、いつもの明るい声は聞こえてこない。


「ただいま~」


 やはり返事がない。


 もしかして眠っているのか……?


 靴を脱いでリビングに入ると、こちらを向いているソファーには、姉さんが足を抱えて頬を膨らませて僕を見つめてきた。


「起きてたの? ただいま?」


「むぅ……」


 な、なにに膨らんでいるんだ……?


「姉さん? どうかしたのか?」


「…………」


 姉さんは無言のまま――――一本の長い髪の毛を一本持ち上げた。


「っ!?」


「誠也が浮気したっ!」


「何が浮気やねん!」


 普段使った事もないエセ関西弁のツッコミを入れる。


「そ、そもそも浮気ってなんだよ。浮気って」


「むぅ……むううう!」


「むうじゃない! ど、同級生というか……倒れてしまって仕方なく連れてきたんだよ。今日からパーティーメンバーにもなったけど」


「えっ……? パーティーメンバー……? 女の子と?」


「そ、そうだけど……?」


「せ、誠也が女の子とイチャイチャをおおおお!」


「してねぇよおおおおお! 変なこと言わないでよおおおお!」


「うわああああん! 誠也がああああ!」


「そんなことよりも、姉さん。一つ聞きたいことがある。そこに直りなさい」


「えっ……? 私が?」


「当然でしょう! 姉さんのせいで彼女がどれだけ苦労していると思うんだよ! はい! 正座!」


 僕が指差した場所に、しゅっと正座して「きゅぅん?」と犬みたいに首を傾げる。


 我が姉ながら、可愛すぎだよな……。


 だが、ここは心を鬼にして怒らなければ、苦労している彼女に顔向けができない。


「昨日倒れた彼女は、校内でレベル成長限界値が一番高いんだ」


「うん……」


「僕は最低クラスだからFクラスだけど、彼女は当然Aクラスだよね? 姉さんも経験・・があるから分かるよね?」


「はい……」


「で、そんな彼女が、とある噂・・・・のせいで、誰ともパーティーを組めずに、週末一人でレベリングを頑張りすぎて僕の前で倒れてしまったんだよ。ここまではいい?」


「は、はいぃ……」


「では質問です。とある噂というのは何の噂でしょうか~?」


「ふ、ふえぇ……」


「ふええじゃねぇええええ! 姉さんが同級生に無茶ぶりしすぎて、剣を下ろした人がめちゃくちゃ多くて、彼女も同じと思われて誰も組もうとしなかったんだよ!!」


 姉さんの目は涙で潤わせられる。


「どうしてそんなことになったんだよ!」


「そ、それが……みんな……ついて来れなくて……私…………結局は一人で……」


「…………そういや、高校三年生の時、一人だったって言ってたね」


 姉さんは大きく頷いた。


 そういや、聞いたことあったな……一人だって。


「でも自業自得だよ。メンバーを置き去りにしてしまったんでしょう?」


「う、うん…………」


「彼女は全く関係ないのにとばっちりを受けたんだから、姉さんはちゃんと反省して、今度彼女に謝ってください! 分かりましたか!」


「はいぃ…………」


 目に大きな涙が浮かんで、でも必死に我慢する姉さん。


 姉さんがどうして高校時代に必死だったのかくらい知っている。いや、分かるようになったと言うべきだ。


 正座している姉さんに近づいて、正面から僕も正座をした。


 そして――――ゆっくりと姉さんを抱き締めた。


「誠也……?」


「姉さん。ずっと一人で頑張ってくれてありがとうな。そんなことも知らずにただ怒ってごめんなさい」


「ううん……彼女が辛い目に遭ったのは……私のせいでもあるから……」


「それはちゃんと反省してほしいけど、姉さんが頑張ってくれて僕はこうして探索者になれたんだし、ありがとう。いつも頑張ってくれてありがとう」


「うん……わだぢも、ありがどおぉぉぉ」


 背中に熱いものが濡れる感触が伝わってくる。


「なんで姉さんが感謝するんだよ」


「だっで……わだぢ……誠也がいるがら、帰りだい場所があるがら、がんばれたがらぁぁぁぁ」


 そうだよね……姉さんはいつも僕のために頑張ってくれてたね。


 両親が亡くなった五歳の頃、僕達を巡って親戚の醜い押し付けが始まった。


 あまり記憶はないけど、両親のおかげで親戚の企業が大きくなったとかで、マンションを借りられて僕と姉さんの二人生活が始まった。


 もちろん、衣食住に苦労はしなかった。両親から残された大金と、親戚から仕送りがあったから。


 一見、平和そうに思われるかもしれないけど、まだ五歳の僕と、十歳の姉さんの二人暮らしは想像以上に大変だった。


 掃除から料理、姉さんと協力してずっと頑張ってきた。


 姉さんは高校生になると、レベル成長限界値が史上最高値となり、探索者として大成し始めた。


 俺が中学生二年生の時に、姉さんは大学には行かずに探索者となり、最前線に出た。


 それから僕も探索者になるべく、姉さんから色んな訓練を受けたりした。


 でも僕は人類史上初のレベル成長限界値【1】を記録してしまった。姉さんとは……真逆だ。


 今でも僕は姉さんのおかげで生きていられる。


 僕が知っている姉さんは誰よりも強く、誰よりも気高い。


 でも……そんな姉さんの拠り所は僕だ。


 僕が姉さんを認めてあげなくて誰が認めてあげるというのか。


 自分の情けなさに悲しくなって、悔しくて、涙があふれた。


 しばらく姉さんと抱き合ってお互いに涙を流した。

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