第10話 水無瀬さん

 日曜日は全て狩りで終わった。


 日が落ち始めて夕暮れが見え始めたので、ダンジョンを出た時のことだった。


「あれ? 木村くん?」


 声がした方に視線をやると、綺麗な黒い髪がふんわりと広がった。


 まだ夕暮れなのに彼女の髪が少しだけ水色にも見える。


「水無瀬さん。こんばんは」


「こんばんは。まさか木村くんがダンジョンから出てくるとは思わなかったよ」


「あはは……レベル1だからね」


「あっ……ご、ごめんなさい……」


「いや、気にしなくていいよ。変に気を使われる方が疲れるからね」


 ほっとしたのか胸をなでおろす水無瀬さん。


 その仕草にドキッとしてしまう。


 そもそも水無瀬さんは、能力のことがなくても、学校内で一番と言っても過言ではない。可愛さが。


「これから帰る感じ?」


「そうだね。水無瀬さんも? それにしても、随分ボロボロだね?」


「えっ? あはは…………オークに吹き飛ばされてしまってね」


「水無瀬さんでもそんなに?」


「そうね……もう少しレベルが上がったらいけるかも知れないから、頑張りたいかな」


「一人で倒した方がレベル効率はいいもんな」


「そ、そう……ね」


 水無瀬さんって……思ってること全部顔に出るタイプなんだな。


「じゃ、じゃあ。またね」


「ああ。気を付けて帰って」


「うん。ありが……とう……」


 少しふらついた彼女が歩き出した。


 何だかその姿が気になって、少し後ろ姿を見守っていると、またふらついた。


 余程疲れているんだろうな…………てか、ちゃんと帰れるのか?


 ストーカーと言われるのは嫌だが、道で倒られては困るから、少しだけ後を追う。


 こんなに堂々と歩いても僕が追いかけてることに気付かないくらい疲弊している。


 一日中、魔物を狩り続けたみたいだ。


 そんな彼女が、石に躓いて転びかけた。


 僕は全力で走り込み、彼女が倒れる前に受け止める。


 これも全て身体能力+50や俊敏が上がってくれたおかげだ。


 ふんわりと舞う長い黒髪が、僕の頬を優しく撫でる。


「……水無瀬さん? 立てる?」


「…………」


 返事がない。まるで…………いやいや、冗談はさておき、やっぱり倒れたじゃん…………はあ……このまま放置するわけにもいかないし、ベンチで放置するわけにも…………連れて帰るしかないよな……。


 彼女をそのままお姫様抱っこする。


 装備で上がった腕力のおかげなのか、はたまた毎日鍛えていたおかげなのか、それとも彼女が軽いからなのか、重さを全く感じないくらい軽かった。


 彼女を運んでいる間、通り過ぎる人達からジロジロ見られたけど、別にやましいことはしてないし、彼女のせいだから……な?


 ありがたいことに、スカートの中はスパッツだったので、何とかぎりぎりスカートの中が見えないように抱きかかえて歩いた。決してわざと・・・・・・確認したわけではないっ! 断じてな!


 僕の左肩に眠っている彼女の顔があり、歩いている視線にずっと彼女の顔が見える。


 やっぱり緊張しちゃうな……。


 家に戻り、彼女をすぐに僕のベッドに横たわらせる。


 誘惑に(?)負けて変なことをしないように、静かに眠っている彼女に布団を掛けて急ぎ足で部屋を出る。


 食事は重くない方がいいかな? お粥といくつか食べやすい食事にしよう。


 その時、スマートフォンが鳴り、「ごめんなさい! 今日もこちらで泊って行きます!」と姉さんからメールが届いた。


 以前は事あるごとに電話をしてきたけど、やっとメールで済ませてくれる。


 ただ、返事を送らないとすぐに電話がくるので、メールで「分かった~」と返しておく。


 料理を作り終えて温めればいいだけにしておいて、テレビを眺める。


 世界の事故やら政治のことやら色んなことが流れる。


 そんな時、政府の【探索者養成計画】を痛烈に批判するコメンテーターがいて、若者をダンジョンに一か月も縛るのは彼らの自由を奪っていると主張した。


 確かに一か月間、毎日探索者の授業とダンジョンでの実習。うちの学校だけでなく、他の高校もみんな同じだ。


 ここまでやっても、半数以上は来月から通常の学生に戻る。


 アッシュラットにトラウマを抱く生徒も少なくない。


 パーティーメンバーに恵まれれば楽しいだろうけど……それもまた探索者の醍醐味だいごみだから仕方ないね。


 僕の部屋の方から物音が聞こえてきて、ゆっくりと扉が開いた。


「起きた? 体は大丈夫?」


「えっ……? 木村くん!?」


「ああ。ダンジョンから出てすぐに君が倒れちゃってさ。そのままにはできないから、家に連れてきたよ。誰もいないけど、決して怪しいことは何一つしてない。天に誓って。本当に!」


 すると、水無瀬さんは何が面白いのかクスクスと笑い始める。


「助けてくれた恩人にそんなこと思わないよ。助けてくれてありがとうね? 木村くんがいなかったら、私いま頃どうなったことやら……」


「ほんっとだぞ。一人で無茶して」


「ううっ……きゅ、急に説教……しないでよ……」


「はあ、まぁ僕が近くにいて本当に良かった。ダンジョン中とかじゃなくてね。ひとまず、ご飯にしよう。あっちに洗面所があるから、手洗っておいで」


「は、は~い」


 厨房に移動して料理を温める。


 テーブルに既に準備していた皿を表に返し、料理を運び始める。


 少しキョロキョロしながらやってきた水無瀬さんに、テーブルに着くように促す。


 出来上がった料理を出すと、彼女の可愛らしい目が大きく見開く。


「これって、全部君が作ったの?」


「ああ。うちは両親がいなくて、姉さんも壊滅的に料理ができないから。昔はたくさん失敗したけど、そこそこ作れるようになったよ」


「そこそこのレベルじゃないと思うんだけど……」


「さあ、いただきます~」


「わ、私も! いただきます!」


 水無瀬さんって……なんか子猫みたいだ。


 こうちょっと意地悪したくなるというか。


「ん! 美味しい~! 木村くんって料理凄く上手だね!」


 何を食べても「これも美味しい!」と声を上げる彼女。それが心の底から出る言葉なのは、顔を見ていれば分かる。


 そこが少しだけ姉さんに似てるなと思った。


 食事を終えて、ソファーで待ってもらい、デザートにアイスを渡す。


 デザートを食べる彼女は、周りをチラッチラッと見つめた。


「男子の部屋ってもっと散らかってるのかと思った」


 そういや……部屋、見られたな……。


「普段はもっと汚いから」


「ふふっ。私が起きないように、すぐに部屋を出たのに?」


「えっ!? 起きてたの!?」


「えへへ~正解だった~起きてないよ?」


「うっ……だ、騙したな!」


「騙された方が悪いんです~それにしても、この家は凄く温かい・・・ね」


 彼女の瞳に深い悲しみのようなものが映る。


 体温とかそういうことを言っているわけじゃないのは確かだ。


「水無瀬さん。一つ聞いていいか?」


「うん。何でもいいよ?」


「…………一年生の中で一番強くなれる水無瀬さんが、どうしてそこまで焦る?」


 すると少し考え込んだ水無瀬さんが話した。


「…………探索者ってさ。四人でパーティーを組むよね。一人の力なんて大したことない。私のレベル成長限界値がいくら高くたって、私一人では……何もできないの。だから……私がもっと強くなったら、組んでくれる人が現れるかも知れないから」


「だからそんなに無茶したんだ」


 彼女は静かに頷いた。


「探索者は命が一番大切。絶対に無理をしてはいけない。それが強くなることであっても」


 と言いながら、昨日の自分にもそっくり同じ言葉を返す。


 勝てる確証もないままオークガードと戦った。


 それは本当に愚かなことだ。でもやらないといけないと思ったから行動に移した。きっと、彼女もそうだったんだ。


「だから今度からは気を付けてくれよ? もしダンジョンで倒れたら、本当に嫌だから」


「うん…………気を付けるね」


「約束な」


「……うん」


 すっかり日も遅くなったので、彼女を送る。


 家までは送らなくていいと、彼女はマンションの玄関口から全力で走っていった。


 追いつこうと思えば追いつける速度だったけど、今は一人にしてあげるべきだと思い見送った。

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