第5話 ・胸を触っちゃうなんて、ついてない!
俺とラルは高級な召喚獣の小瓶を扱っている店「カトレア」を後にした。
それから再び、人々でにぎわっている大通りをぶらぶらと歩き始めた。
周りは、異世界らしく、先ほど見た巨獣グルーガンが塔を運んでいる。他にも、見るからに魔法を使いそうな人や、剣を携えた人、怪しそうな商人などが行きかっていた。
ちょっとでも油断していると、肩と肩がぶつかってしまいそうなくらい、混雑している。
「ところでラルは、どうしてアンタッチャブルっていうのが異名なんだ?」
「ふっふっふ! それはこのあたいの家に伝わるアンタッチャブルアーマーから来ているのさ!」
「アンタッチャブルアーマーって、なんだ?」
「これさ、このピンク色の鎧さ! じつはこれはマジックアイテムでね、普通の攻撃なら自動でかわしてくれるのさ」
ラルはまたしても自慢げに胸を張る。
「は? 自動で回避するってことか?」
「そうさ! 普通の攻撃ならな!」
こいつは驚いた。本当に剣と魔法の世界だ。
「その剣もマジックアイテムとやらなのか?」
ラルは背中に、身長ほどもあろうかという大剣を背負っている。いかにも、強そうだ。
「ちなみにこの大剣もあたいの家に伝わる名刀さ! なんでも、一度狙った獲物は、絶対に外さない、らしいぞ?」
「らしいってなんだよ。攻撃は得意じゃないのか?」
「いや? 全然? むしろ、あたいはいままで戦闘をしたことがないレベルなんだ」
「えっ? 戦ったことがないってことか?」
「その通り! 何を隠そう、あたいは怖がりなのさ! アッハッハッハ!」
「そこ、笑うところなのか? じゃあ、ラルは本当は弱いってことなのか?」
「弱いとは心外だね。あたいは怖がり。でも、攻撃は受けない。だから無敵さ! アンタッチャブルな存在なのさ!」
「それって無敵っていうのか? それに自動で攻撃を避けるってのも、にわかには信じがたいぞ」
俺は思わず疑いの目をラルに向けた。
「あっ、疑っているな! よーし! いいだろう!」
ラルは突然、足をとめ、仁王立ちになり、両手を広げた。
大通りは人でごった返していたが、背の高い女戦士のラルを、みんなが避けて通っていく。
「さあ、ウソだと思うなら、このあたいにどんな攻撃でもしてみな! このアンタッチャブルアーマーが見事に回避してみせるからね!」
「攻撃? マジで言ってんの?」
ラルは満面の笑みを浮かべたまま、激しくうなずいている。どうやらそのご自慢のマジックアイテムの効力を見せたくてたまらないようだ。こどもみたいだな。
「でも、攻撃ったって……」
ラルのことは笑えない。だって俺も、いままでケンカ一つだってしたことがないんだ。
「ジンゴロウの必殺技は? 必殺技の一つくらいあるだろ?」
「そんなもんないって!」
「いーや、男子なら、必殺技のひとつやふたつくらい、あるはずさ! それにあたいの見たところ、あんたはそこら辺の男とは、何か違う! あたいにはわかる! もしかすると凄く強い男かもしれない! さあ、見せてみな!」
困ったな……。ただの不幸な一般男子なのだが。まあ、異世界から来たって点では、普通じゃないけど。
でも、まぁ、いいか、どうせ俺の攻撃はかわされちまうって言うんだし。適当にやってみるか。
「パンチでもいいか?」
「ふふん、どんなパンチでも、あたいには当たらないね。見せてくれ」
「わーかったって! そんじゃあ、見せてやるよ! いくぞ!」
俺は人々が行きかう大通りの真ん中で、拳を握りしめ、構えた。バトル漫画の主人公の真似だ。
さて、どこに攻撃を仕掛けようかな?
顔は女の子だからダメだな。となると、やっぱり鎧だな。ん? あれは、まさか、肌?
鎧をよく見ると、あちこちに隙間があることに気がついた。胸の部分にも穴がある。肌色に見えている部分もある。もしかして、隙間の下は、素肌なのだろうか。
「ジンゴロウ! まだか? じらすんじゃない!」
「ま、鎧の胸部分なら、堅そうだからもし当たっても大丈夫だろう。くらえ、必殺! 大! 不幸! パンチ!」
説明しよう! 大不幸パンチとは、俺の不幸オーラを拳に集約して、打ち出すパンチだ。もしも当たったら、その相手と周辺にも不幸が次々に訪れるってぇ必殺技だ!
ってのは、もちろんいま適当に考えたんだけどね。ははっ。
「ふふふ」
ラルはいまかいまかと、ニコニコしながら俺の攻撃を待っていた。
俺の右拳がラルの鎧の胸部分の固そうな部分めがけてうなる!
……と思ったが、人生初の慣れないパンチのせいで、足がもつれてしまった。
「あらっ? お、とっとっとっ?」
俺の拳は勢いをなくし、手はパーの状態になり、ひょろひょろと空を漂う。
そしてそのままラルの鎧の胸の隙間にニュルリと入っていった。
もにゅん。
柔らかい感触が手のひらに広がる。
「ひゃいんっ?」
なんという不幸が起こったのだろう。
転んだせいで、俺の手のひらはラルの鎧の隙間に入ってしまった。
見る見るうちにラルの顔が真っ赤になっていく。
「なななっ? アンタッチャブルの異名をとるあたいに触るどころか、鎧の下に手を入れただと?」
「ご、ごめん、違うんだ、これは!」
俺は慌てて手を抜こうとした。でも、今度は鎧の隙間に手首が食い込んでしまって、うまく抜けない。
周囲の人々が足を止め、ざわめきだした。
やばい! これじゃあ俺は変態扱いされてしまう! 急いで手を抜かなければ!
俺は手を抜こうと、手のひらをあちこちの方向に動かし、角度を変え、抜こうと試みた。
「ああっ、ひゃぃんっ、や、やるなジンゴロウ! 確かにあたいのアンタッチャブルアーマーには打撃攻撃に対しては、自動回避する。だから通用しない。そこでこけた風を装って、組み技に持ち込もうっていうわけだな! 事前に『パンチでいいか?』と尋ねたのは、伏線だったのだな! なんという策士だ!」
「だー! 違うんだって! これは不可抗力なんだ!」
「あっ、ちょっと、そこは、ダメッ。やめてっ」
不幸なことに手は一向に抜けそうにない。俺は手のひらだけでなく、腕や肩ごと動かし、何とか抜こうとする。だがさらに不幸が重なり、俺はバランスを崩してしまった。
どさっ。
「あっ、いやっ、寝技だと? それがお前の必殺技なのか? ジンゴロウ! だ、だめっだってば!」
さらにまずい事態だ。こけてしまった。俺一人がこけるならいい。でもいまは手がラルの鎧の胸に挟まったままだ。
ラルに覆いかぶさった状態で俺はさらに腕を抜こうともがいた。
「ま、参った。ジンゴロウ。あたいの負けだ! だからもう(その攻撃を)やめてくれ! お願い! やめて!」
ラルの甲高い声に大通りを行きかう町の人々はどよめいた。
俺の全身に視線を感じる。まずい。これではまるでジャージ姿の不審者が婦女子を襲う図のようだ。
ラルは恥ずかしさのあまりか、両手で顔をおおっている。
非常に不幸な事態になりつつある。異世界に転移した早々、変態と認定されてしまいそうだ。
おれは一秒でも早くラルから離れようと、ラルに密着したまま、もぞもぞと動き続ける。いっそうどよめく人々。
「おっ、いい感じだ! もう少しで、ぬ、抜けそうだ!」
ラルが仰向けになったことで、鎧の隙間が少し大きく開いていた。
俺は満面の笑みを浮かべながら、歓喜の声をあげた。
だが、俺の言動は町の人々にはまったく違う行為のように思えたようだった。
「ヌケそうだって? おーい、みんなー、大変だー!」
「女戦士が町の往来で変態に襲われているぞー!」
「あっ、もしかしてあの女戦士、メルクリン家のご令嬢、ラル様ではないか?」
ご令嬢? ラルが?
「ということは、あの鎧、まさか伝説のアンタッチャブルアーマーか?」
「アンタッチャブルアーマーを装備しているラル様を押し倒すとは、何者だ? あの暴漢は!」
「とにかく変態だー! マッチョ! 来てくれー!」
ラルに密着したままもぞもぞし続ける俺の視界の隅っこに、いかつい姿の戦士や武闘家たちが駆け寄ってくるのが見えた。その中には、あの高級な召喚獣の小瓶を売っていたマッチョな用心棒らしき人の姿も見えた。
「おーい! マッチョ! こっちだ! ここに変態がいるぞ!」
お前の名前、マッチョなのかよ!
「ま、待ってくれ、誤解なんだ! ヌケるんじゃなくって、そ、そう、俺はもうちょっとで(手が抜けて元の状態に)イケそうなんだ!」
俺はさらに大声で弁解した。だが、それは逆効果だった。
「イケそうだって? この変態が!」
「その女戦士から離れろ、この変態野郎!」
「俺がぶっ殺してやる、この変態め!」
町の人々は口々に俺をののしった。その時、俺の右腕がついに、出た!
やった! これで俺の無実が証明できる。俺はラルに馬乗りになったまま、右腕を高く上げ、叫んだんだ。
「やった! 出た! 出たぞ! ほら、見てくれラル!」
「くらえ変態野郎! マッチョ流体術奥義 鉛玉!」
ドッコーン!
俺が出た、出た、と叫んだ直後、高級召喚獣の小瓶を売っていた店の用心棒が、かけよってくるやいなや、俺にすさまじいショルダーアタックをかました。
俺はそのまま水平方向に吹き飛んだんだ。
異世界に転移した早々、変態認定された挙句に、吹っ飛ばされるなんて、ついてない!
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