第3話

 クリスティーヌは窓の外を見た。


 ジャックが好き。

 彼の陰が出来るくらい長い睫毛も、黒い瞳も、太陽のような金色の髪も。

 優しくあたしを包み込んでくれたジャックの手が好き。あたしを見つめてくれたジャックの瞳が好き。優しくあたしの名前を呼ぶジャックの声が好き。


 ***


 翔太は絶句した。


 恋愛小説だと1番大事なところをすっ飛ばすとは。

 12歳だ。恋に恋していても、経験がなくてもおかしくない年頃だ。想像するしか無かったのだろうか?想像だけで補えることは限られている。だからカットしたのだろうか。



 翔太は哀れだ、という思いに浸りながら続きを読んだ。


 ***

 

 クリスティーヌは窓から離れ、ベッドに腰掛けた。ベッドの下からガラスを出す。手製の鏡だ。

 鏡を見、ため息をついた。


 やっぱりブスだ。

 栗みたいな色の髪。くすんだ目。

 肌は深刻な病人みたいに白いくせに、ほっぺはりんご病みたい。目はデカくて化け物みたい。腫れたみたいに赤くて、ぶっくりした唇。

 見てて嫌になる顔。


 手櫛で髪を整えてみたが、絡まりやすいネジのような髪に再びため息をついた。

 


 ***


 いや、美人だろ。

 栗色の巻毛(多分)、青くて大きな瞳。白い肌に赤い頬。ぷっくりして赤い唇。

 顔立ち次第だけど、普通に美人だろうな。訳が分からんけど、これ絶対に醜形恐怖症だ。


 ベッドに寝転び、本を掲げた。


 ポリコレが叫ばれているこのご時世でも、白人至上が当たり前だった時代でも、十分通用する美人だ。

 そう言えば、ネットで公開されてた蛯名 蝶も割と可愛らしい子だったな。顔はそこらへんに居ても気づかない感じだけど、目が綺麗な子だった。夢見がちっぽい、美しいものが好きそうな目だった。


 ***



「何をしている」

 ドナルドの冷たい声が響く。


 クリスティーヌは手製の鏡を顔から離した。

「何でもないわ。ちょっと顔を見てただけ」


 ドナルドはクリスティーヌからガラスを奪い取った。

「お前が鏡を見て何の意味がある?」

 ガラスを床に落とし踏み潰すと、クリスティーヌの髪を引っ張った。

「不愉快な顔だ。何と醜い顔だ。よくそんな顔で生きていられたな」

 クリスティーヌは痛みに顔を顰めながら下を向いた。それくらい分かっている。

 ドナルドはクリスティーヌのつむじを一瞥し、鼻で笑った。

「まるでシラミだ。存在すらも悪なのに、図々しくも生き、血を吸い続ける」

 クリスティーヌは微動だにしない。ドナルドはクリスティーヌを壁に打つように放った。



 ***


 翔太は唖然とした。クリスティーヌも、虐げられていた、という事実に。


 何で蛯名 蝶はこういう要素を入れたんだろう?何かを言いたかったからかな?それとも、最早当たり前だったから?

 蝦名 蝶もクリスティーヌも


 ***



 クリスティーヌはずり落ちるようにベッドに横になった。美しい青い瞳でぼんやりと天井を見つめた。


 クレアは美人だった。

 あたしなんかと違って、明るくて輝くような金髪だった。透き通るような、サファイアのような碧い瞳だった。白雪姫のように雪のような美しい肌だった。薔薇のような頬と唇だった。繊細で優美な顔立ちだった。ほっそりしたスタイルだった。鈴のように笑う人だった。

 そんな美人から、何であたしなんかが生まれたの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る