第2話

 爽風は不安からチラチラとスマホを見ており、勉強が手につかなかった。

 中間テストがある。だから勉強しなくてはならない。

 爽風は『蛯名 蝶の遺した物語 ~吾亦紅~』の評価がずっと気になっていた。爽風が書き、今朝出版された本だった。彼女はテストを控えている高校生であるため、マスコミの取材は家族によってセーブされていた。

 爽風はプゥッとため息をついた。


 正直、出たい。

 だって、あの本だけじゃ蝶っぽい感じがしない。話を作ったのは蝶だけど、書いたのは私。正直、蝶がどんな言い回しで語ったのかを思い出せない。

 普通だったら、普通だったら、思い出せる。普通だったら鮮明に思い出せる。

 だのに、何で私は思い出せないんだろう。夏休みに急いで書いて良かった。じゃなかったら……。


 爽風は勉強に集中することを諦め、小説を手に取った。



 ***


 ――あの、川辺に会っただけの人のことばかり考えてしまう。あのジャック・ブレンダン、という人。

 初めてだった。あたしを見て、「美しい」と言った人は。

 仕事中は忙しいから、考えずに済んだけど、ふとした拍子に。――。

 


 クリスティーヌは外套を着て、外に出た。


 ――1週間のあの日と同じ時間になった。もし、また川辺に行けば会えるかしら?――。



 川辺に着くと、クリスティーヌは辺りを見回した。


 *

 

 ジャックは川辺に座り込んだ。

 

 ――あれから、1週間、毎日ここに通った。だけど、あれから彼女を見ることは無かった。愚かだとは分かっているが、なぜ通ってしまうのだろう?――。

 

 ジャックはため息をついた。


「あ」

 鈴のような声が聞こえた。

 思わずジャックは声のした方向を見渡し、声の持ち主を見つけ、息を呑んだ。


 ――彼女だ。クリスティーヌがここにいる――。

 ジャックは立ち上がり、クリスティーヌに近付いた。言いたいことがたくさんあった。


 クリスティーヌの青い瞳がこちらを見ている。

 ――なんと美しいのだろう――。

 

「久しぶり」

 声に出すと、ジャックは後悔した。

 ――あまりに馴れ馴れしい――。

 

 クリスティーヌは固まるが、笑顔を作る。

 ――せっかく会えたんだから、こんなことで台無しにしたくない――。

「いい天気ですね」


「ですね」

 ――なんてくだらない返事だ――。

 ジャックはクリスティーヌの隣に座った。

「あの、ご趣味はなんですか?」


 クリスティーヌは首を傾げる。

「特にありません」


「そうですか」

 沈黙。

 ジャックは何となく気まずくなった。

 ――これじゃあただの朴念仁だ――。

 意を決し、クリスティーヌの手に自分の手を重ねた。白いが荒れた手をしている。


 クリスティーヌの顔を見てみると、顔を赤く染めている。

 ふと思いついたジャックは大胆な行動に出た。クリスティーヌの頬を手で包み込み、耳元に口を寄せ「君は美しい」と囁いた。


 クリスティーヌは面食らい、赤い唇を金魚のように動かしたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 ――そんなはずがないわ。こんなブサイクが美しいはずがない――。

「そう」

 驚くほど冷たい声だった。

 

 ジャックは彼女の気を悪くしてしまったと思い、頭を掻いた。

 

 クリスティーヌはジャックを見つめた。横目で、気づかれないように。彼の黒い瞳を見つめ、ため息を吐き、立ち上がった。

「そろそろ行かないと。あなた、噂が立つわよ。日曜日の昼間から女と居たら」



 ***


 ここの部分を作った時、蝶は何を考えていたの? どう感じていたの? その時、蝶の目には何が映っていたの?

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