第19話

 血の溢れ出す鼻を抑えるイムは驚愕に目を見開く。

 血を流す、それがイムにとってどれだけ久しぶりの事なのだろうか?

 想定外の事態に初めて直面したイムが体をよろつかせ、困惑の声を漏らす。


「ど、うなって……?」


 イムが驚愕に震えている間に珠美は大声をあげる。


「高峰さん!和葉の治癒を!」


「承知した!」


 これまでずっと無効化されているフリをしていた高峰蓮が自身の使える最高位の回復技を和葉へと向ける。

 時すら巻き戻し、負った傷も消費した体力も、その何もかを戻し、万全の状態となった和葉は斧を手にして立ち上がる。


「行くわよ!和葉!」


「うん!!!」


 アイオーンチャンネルの二人。

 半年もの間、日本の守護者として戦い続けた二人がいつものように並び立ち、互いの武器を持って両者の原点たるイムへと、タルタロスへと迫る。


「……ちっ」


 そんな二人に対してイムは触手を使うでも、そのまま受けるでもなく、斧を、剣を、その両者の攻撃を素手で受け流し、そのまま二人から距離をとる。


「魔物と人すら反転させるかぁ!!!」


 焦りを表情に浮かべ、全力で逃げるイムが吠える。

 珠美のスキルは、イムの体を一時的にではあるが、魔物のものから人間のものへと変えるというあまりにも格別すぎる力を見せていた。


「ここで倒す」


「絶体絶命ね」


 斧と剣、互いの武器を強く握る和葉と珠美のふたりは油断なくイムを見据えて殺気をぶつける。

 人の身となった。

 されど、だからといってイムの脅威が消えた訳では無い。


「くくく……いいぞ、想像以上だ。二人は今、確実に僕を追い詰めている」


 魔物としての理不尽さを失い、武器すら持たぬ身で。

 それでもイムは不敵な態度をとることな拳を構える。


「「……ッ」」

 

 そして、ただそれだけで和葉と珠美に最大限の警戒を抱かせる。


「戦いは今、最終局面を迎えた」


 ここには英雄と称えるものも、魔物と恐れるものもいない。

 向かい合うのはただの人。

 固い絆で結ばれた三人の人間が今、その武をぶつけ合うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る