02.午前零時

酒場から宿へ戻る途中。

一つの影が月を見上げていた。

華奢なシルエットの背には、どこか不釣合いな大きなソードの影。

昼に見たあいつだった。

名は確か…

クレア

とか言ったか…。

月明かりの中で見るそいつは、昼に見たよりも白い顔でピクリとも動かないので、本当に誰かが悪戯に置いていった精巧な人形かと思えた。

オレの視線に気が付いたのか、ゆっくりと顔をこちらに向けた。



◇◇◇◇◇◇



昼の喧騒が全くない夜は良い。

黒い羅紗のような空に、おまけのように貼り付けた、薄っぺらい銀紙のような月も良い。

自己主張が強くない偽者のような雰囲気が好ましく感じられた。

ふと、昼と同じような射るような視線を感じる。

のろのろと、そちらへ目を転じると、昼にも見た緑の頭が見えた。


「こんばんは」


にこりともせず、無愛想な声でクレアは挨拶をした。


「よぉ。昼の戦いはすごかったな」


ザインのその言葉に、クレアは無反応という反応で答えた。


無視…する気か?

ザインはそう思ったが、しばらく間を置いてから答えが返ってきた。


「日付が変わった今、そんな前のことは覚えておりません」


素っ気無い声でそう答え、クレアは昼同様、それ以上ザインを見もせず立ち去る。

「お、おい、待て」

いくら剣の腕があろうとも真夜中に女性一人を歩かせるわけにはいかない。

ザインがいくばくか焦った声を出す。


「女一人じゃ夜道は」

「私は、女であることを、とうの昔に捨てました」


声をかけたザインの言葉を、ぴしゃり、と止める。

そして、影のようにするりと、その場から立ち去った。


なんだ、アイツは…


それでも、夜の中に消えていく背を、ザインは見送った。


◇◇◇◇◇◇


すごかったな…

そう言われ、実のところ、クレアはどのように返事をして良いのかわからなかった。

だから、そんなことは忘れた、と答えた。

女であることを捨てたのも、本当だ。

しかし…

折角褒めてくれたことに対し、そう答えてしまったことが少々申し訳ない気がしたのも、また事実。



立ち去った後、一度だけ立ち止まり振り返る。

そこに、自分を見送る緑色の髪の人物がいた。


「ありがとうございます…おやすみなさい」


届くとは思わないが、クレアはそう呟き、今度こそ本当に歩き去った。





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