第二章 一、黒い影 1
一行が再び曲者に襲われたのは、ようやくワラミの街が見えて来た辺りだった。
襲って来たのは、やはり、いかにもごろつきといった風情の、柄の悪い男ども。
彼らも前の襲撃者と同様に、金を貰って雇われたチンピラのようだった。
人数は、六人程度。どいつも図体がでかく、手に反り身の刀を携えていた。
「おいおい、お前等を狙ってる奴ってのは、よっぽどの金持ちなんだな。お前、何処かの令嬢かなんかを玩んで、恨みでもかってるんじゃねぇのか?」
向かってくる男共を見据え、すらりと剣を抜きながら、シャークが冗談混じりに言う。
「馬鹿言うな。俺は、あんたと違って、色事に耽る暇なんて無かったもんでね。まあ、貿易商なんて仕事をしてると、色々と貴族達のやっかみを受ける事もあるもんさ。————ただ、こんな無駄金を使うなんざ、頭が悪い奴には違いないがね」
サラもシャークの軽口に答えながら、剣を抜いて敵の攻撃に備えた。
「ランドル様の手を煩わせたりなど致しません。どうぞ、このレドルドめにお任せ下さい」
二人に負けじと、レドルドも剣を抜いてずっと前に出る。
騎士団員としては、何時までも姫や荒くれ者に後れを取る訳にはいかない。
しかし、サラはにやりと不敵に笑い、
「レドルド、悪いが俺は、こんな楽しい余興を見物で終わらせるつもりないぜ。なんたって、この単調な旅にはもってこいの催しだからな」
手にした剣を音が鳴る勢いで二度ほど振った。
「けっ、綺麗な面して随分と血の気の多い野郎だぜ。なっ、アリナ、こんな奴の事なんざさっさと諦めろ。こいつはきっと、すげぇ暴力亭主になるぜ」
「はっ、よく言うぜ。あんたの女癖の悪さに比べれば、可愛いもんさ。アリナ、悪い事は言わないから、この男だけには騙されるなよ。後で泣くのは、あんただからな」
売り言葉に買い言葉で、サラとシャークは互いに罵り合う。
しかしそれは、決して険悪になるものではなかった。
何時の間にか二人は、旅の間にこういう掛け合いを楽しむようになっていたのだ。
互いに口が悪いので、聞いている方ははらはらするが、当の二人はしれっとしたものである。
が、敵の方は悠長に待っている筈が無い。
二人の態度に痺れを切らし、いきなりどっと勢いよく襲って来た。
「ちぇっ、せっかちな野郎どもだぜ」
「全くだ、慌てたって結果は同じなのに」
サラとシャーク、突っ込んで来た敵を避ける為、それぞれ逆の方向に向かってぱっと横へ動いた。
同時に、二人の剣は軽やかに舞う。
サラの剣は優美に、そしてシャークの剣は力強く。
そのたった一瞬で、早くも敵二人が地面に崩れ落ちていた。
おまけに、
「俺の方が早かったな」
「馬鹿言え、俺の方が早かった」
と、次の敵を相手にしながら、互いに競い合ったりしている。
レドルドも結構活躍してはいるのだが、この二人と一緒では、どうにも分が悪いようだ。
それを証拠に、アリナのうっとりした目はレドルドを通り越し、サラとシャークにばかり向けられていた。
「見ろ、やっぱり俺の方が早い」
「冗談だろ、俺の方が早いに決まってる」
二人目を倒した後も、闘争心剥き出しで言い合うサラとシャーク。
何処まで本気なのか、何時の間にか二人は、敵などそっちのけで剣を戦わせ始めた。
レドルドがようやくノルマを果たした頃、まだその二人は、実に楽しそうに剣でじゃれ合っていた。
街道沿いを歩いて来た旅人が、びっくりしてその様子を見ていたが、サラとシャークの姿を見て何かの余興かと思ったのか、そのまま行ってしまった。
モーンとレドルドは、気絶している敵を草原の方へ転がし、やれやれと顔を見合わす。
アリナは両手を握り合わせ、その美しい見せ物をうっとりと眺めていた。
が、しばらくシャークと遊んでいたサラ、不意に剣を収めて、くるりとレドルド達の方へ振り返った。
「————行くぞ」
ぶっきらぼうに言うと、さっと踵を返して行ってしまう。慌ててその後ろを追いかけながら、レドルドは怪訝に思いながら尋ねた。
「この者達は、どうしますか?」
「捨てておけ。どうせ目覚めても、二度と俺達を襲う気にはならないだろう」
何か気に入らない事があったのか、その声は何時になく不機嫌そうだ。
さっきまで、あんなに楽しそうだったのに・・・・・。
疑問顔で首を傾げる従者達。
サラは、それに気付かぬ振りをしてすたすた歩きながら、シャークの横に並ぶ場所に移動して言った。
「あんた、手加減しすぎだ。あんなんじゃ、ちっとも面白くない」
「へっ、何言ってやがる。手加減してたのは、てめぇの方だろ。俺とお前は五つも違うんだぜ、疲れちまった」
シャークは笑って、剣を握っていた手をぶるぶると振った。
じろり、そんなシャークを睨み付け、サラは憮然と言う。
「嘘つけ、俺を騙せるなんて思うなよ。わざと雑にしてるだろ?本当なら、もっと強い筈だ。あんた、一体何者だ?」
サラとて、師について剣を習ったのだ。相手がどの程度の腕か、その握り方一つで分かる。
シャークは、随分雑な握り方をしていた。だから、腕は立つがそれほどでもないと思っていたが・・・・・。
剣を戦わせていくうちに、シャークの太刀筋の良さが次第に分かってきた。それどころか、彼がわざと雑に見せている事さえも。
その時初めて、彼が相当な腕前なのだと知った。そして今更その事に気付いた自分が、悔しくて仕方無い。
サラは、剣が好きだった。剣の腕前にも結構自信があったが、それとは関係無く、本気で剣を戦わせている瞬間が好きだった。
それなのにシャークは、サラ以上の腕前をしていながら、ずっとサラのレベルに合わせていたのだ。
負けたのが悔しいんじゃない。そうやって、レベルを合わされていた事が悔しかった。
「だから言ったろ、俺は貴族の称号を持ってるんだぜ。剣くらい、幾らでも師について習えたさ・・・・」
しかしシャークは、そんなサラの思いにもやっぱり無頓着で、ただおどけたようにそう言っただけだった。
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