第一章 五、賑やかな旅路 3

 初対面の挨拶で、シャークは皆にすこぶる悪い印象を与えた。ことレドルドは、傍目からでもよく分かるほど毛嫌いしているようだ。

 その理由は、シャークの行動にもあるのだが・・・・。


 一行は、そうそうに宿を引き払って、ヒーホルに向かい出発した。その道中、彼の女ったらしの血が騒いだか、アリナをやたらめったら口説き始めたのである。


 「綺麗な金髪だ。俺は、金髪美人に目がなくてな。あんた、アリナって言うんだろ。へぇ、可愛い手をしてるな、どれ————、こりゃ触り心地がいい。あんた、俺の女にならねぇか。俺は、これでもダンドリアの貴族の称号を持ってるんだぜ。あんたが俺の女になったら、そりゃ楽しい思いをさせてやる。昼も夜も眠れないほどにな・・・・」

 おとなしいアリナは、シャークに無理やり手を掴まれても、どうする事も出来ない。ただ困った顔をして、サラの方をじっと見つめていた。


 「君、いい加減にしたまえ。高貴な者が、そのような下賤な口を聞くまい。嫌がる御婦人に言い寄るなど、ごろつき共がする事。常識を疑われても、仕方無い振る舞いだぞ」

 ついに堪り兼ねて、レドルドがシャークの腕を掴んだ。その隙に、アリナはさっとサラの方へ逃げ出した。


 「あっ・・・」

 切なそうに、アリナを目で追うレドルド。

 そんな彼の視界一杯に、にやにや笑いのシャークが広がった。

 「こりゃ、お笑いだ。旦那、あんたはお呼びじゃないんだとよ」


 ヒヒヒヒッ。下品に笑うシャーク。レドルドは、顔を真っ赤にして彼に掴みかかった。

 「貴様、私を侮辱するか!」

 道端で喧嘩を始めた二人に、サラは呆れ顔になった。


 立ち止まって、二人の方へ歩み寄る。それから、おもむろに剣を抜き、柄で強かにレドルドの頭を殴りつけた。シャークの方は、いち早くそれに気付いて飛び下がる。


 「いい加減にしろ。仲間割れで体力を悪戯に減らすなんて、馬鹿のする事だぞ」

 「しかし、ランドル様・・・・」

 レドルドの情け無い顔を見て、サラは大きく溜め息を吐いた。

 「シャーク、あんたもだ。全く、厭らしいのは顔だけにしろよな。女なら腐るほどいるんだろ、生娘にまで手を出すな」


 不機嫌そうにサラが言うと、シャークの眉がぴょんと上がった。

 それはまるで、悪戯を考えついた少年のような顔だったので、サラは何となく嫌な感じがした。

 「なぁ、彼女はお前の女か?」

 ずいっと顔を近づけ、シャークが言う。思わずその顔を押し退けながら、サラはきっぱり首を振った。


 アリナの表情が曇るが、そんな事を気にしても仕方無い。曖昧にすれば、相手を傷つけるだけと思ったのだ。

 「それじゃ、余計な口出しはするな」

 言ってから、シャークはにやりと笑う。それから、今度はサラの肩に手をかけ、ぐいっと引き寄せた。


 サラは、彼が自分を男だと思っているのを知っていながら、反射的に身を硬くした。

 シャークは、その反応を楽しむように、更に彼女を引き寄せる。わざとじゃないか、と疑いたくなるくらい、彼はやたらサラにベタベタと触れまくった。


 「お前さぁ、あんな可愛い子に惚れられてるのに、何も感じないのか?」

 シャークが、耳元で囁く。彼の男臭い息がかかり、サラの背筋にぞわっと鳥肌がたった。

 「————無礼な、ランドル様から離れろ!」

 サラが突き飛ばす前に、モーンが激怒してシャークの袖を掴んだ。それを軽く振り払い、彼ははだけた服の襟を直す。


 「なんだよ、野郎に触ったくらいで大袈裟な。まるでお姫様だな、このじじいは神経質過ぎるぜ」

 シャークの何気ない言葉に、一瞬ぎょっとする三人。


 「アリナ、ランドルはきっとゲイだぜ。あんたみたいな可愛い女に、惚れないなんてよ。だから諦めて、俺の女になりな」

 しかしシャークは全くの無頓着で、切れ長の目を今度はアリナへと流す。


 シャークはサラほどの美形ではないし、不精髭を生やしたむさい男だ。が、何処か女好きのする所がある。

 アリナも一瞬だけ彼の雰囲気に呑まれ、ぽっと頬を赤くした。

 彼に言い寄られれば、女なら悪い気にはなるまい。


 アリナの意外な反応に驚いたのは、レドルドの方だ。彼は、太い眉をきっと吊り上げてシャークを睨みつけた。


 「アっ・・・、アリナさんから手を離せ!」

 レドルドの手が、腰の剣に伸ばされる。

 そうなるともう、喧嘩という域では無くなってしまう。

 人前で剣に触れると言う事は、たとえ抜かなかったとしても、お前は敵だと宣言した事になるのだ。


 プライドの高い貴族達の間では、大抵その後決闘になるのが普通だった。決闘になれば無傷ではすまされない。


 「————やるか?」

 シャークは、面白そうににやりと笑った。

 この展開に仰天したアリナが、ぎゅっとサラの腕を掴む。

 やれやれ、そんな感じでサラは肩を竦めた。


 城で舞踏会があった時など、そんな騒ぎが度々起こる。大抵、女性の取り合いでが殆どだった。

 その度にサラは、なんと男は馬鹿なんだろうと思うのだ。男に変装しても、こう言う時の心理はとんと理解出来ない。


 「二人とも、止めろ・・・・」

 サラは、アリナの瞳が潤み始めたのを見て、仕方無く男達に声をかけた。


 「関係無い奴は、黙ってろ」

 シャークは、レドルドを見つめたまま言った。

 彼の表情には、レドルドのような憎々しい様子は無い。楽しいゲームに出会った時の、小さな子供のような表情だった。


 「レドルドは、俺の従者だ。死なれては困る。それにあんたには、金を払っているんだやっぱり、死なれては困る」

 レドルドが、はっとして剣に触れかけた手を下ろした。

 唇を噛み締め、悔しそうに俯く。

 それに代わって、シャークがじろりとサラを睨みつけた。


 不満そうな顔は、まるで子供がおもちゃを取られた時にするのとそっくりであった。

 「ランドル、でしゃばった事をしやがって。それじゃ、ちっとも面白くねぇや。あんたが、こいつの代わりに裸踊りでもしてくれるんなら、話は別だがな・・・・・」

 「無礼者め!」

 今度はサラの代わりに、モーンが顔を真っ赤にして怒鳴った。


 サラも、流石に綺麗な眉を顰める。

 シャークの無礼さに腹をたてたのか、目がすっと細くなった。

 「貴様————、黙っていれば図に乗りおって。恥を知れ、そのような侮辱を受け、私が黙っていると思うか?貴様の首を刎ねるくらい、私には簡単な事なのだぞ」

 低く落ち着いた声で、静かに告げる。

 言葉遣いを変えただけで、サラの周囲にある雰囲気まで変わった。高貴な人のみ持つ、独特の威厳である。


 場が、一瞬水を打ったように静かになる。重い緊張が漂った。

 と、突如響く笑い声。笑ったのは、サラ本人であった。

 「—————なんて、俺が怒り狂うと思ったか?冗談じゃない、誰が裸踊りなんかするか。そんな事をするくらいなら、お前等の喧嘩を止めるなんざしないね。どうぞ、勝手にやってくれ」

 どーっと一気に緩む空気。モーンやレドルドは、思わず額の汗を拭った。


 「けっ、てめぇの笑えねぇジョークで、そんな気も失せちまった。止めだ、止めだ」

 シャークはそう言うと、駄々っ子のように顔を顰め、つまらなそうに口を尖らせた。

 そして懐からアルミの酒入れを出し、ぐいっと勢いよくあおる。

 シャークは、こうして真っ昼間から酒を飲む。

 彼のそんな様子に、一同はただ呆れるばかりだ。


 サラも、モーン達ほど彼を毛嫌いしている訳では無いが、それでもやはりそういう姿には眉を顰めてしまうのだった。


 ————世に言う下品な男とは、こういう人の事を言うのね。彼に比べれば、城の庭師の息子の方が何倍も上品だわ。


 心の中で、ひっそりと呟く。


 サラとて、やはり城で育った人間である。

 それにしては捌けているが、だからと言って全てを受け入れてしまえるほど心が広い訳では無い。

 その辺は、やはり姫なのだ。


 さて、シャークを仲間に加え、サラ達の旅はまだまだ続く。彼らが置かれている状況を思えば、まだ実にのんきで賑やかな旅路であった。

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