第一章 二、キーロッカの騒動 2
彼らがキーロッカの宿場町に着いたのは、アリナの家を出て、四日目の昼前であった。
キーロッカは、首都ジェルマと比べれば流石に見劣りはするものの、想像していたより大きな町だ。
サラ達は、なるべく目立たないよう、小さな宿の中から今夜の寝床を選んだ。
町に到着してすぐ、安い割に小綺麗な宿を見つける事が出来たのは、彼らにとって幸運だったのかもしれない。
「キーロッカの次はヒーホル、それからワラミ、ネフラ、ダラーラ、リヤムラ、カルアハ、リドリアの都ですか・・・・。―――――まだまだ遠いですな、一月はかかるでしょう」
宿屋から借りた部屋で、モーンが大袈裟に溜め息を吐く。
サラもレドルドもアリナも、またかと言うように顔を見合わせた。
彼は、疲れるとしつこいほどそれを繰り返すのだ。
もう、飽きるくらい聞いている。
「モーンさんは、メセタからずっと長旅をしてるんじゃないんですか?それなのに、ずっと疲れっぱなしみたい・・・・」
「――――いや、モーン殿は長旅だからこそ、疲れているんですよ。なんせ、体が弱っていますので・・・・・」
レドルドが、取り敢えず誤魔化す。
「俺達は町を見て来るけど、爺さんは黙ってここで休んどけ。腰でもぬかされたら、迷惑以外の何物でもないからな。明日はまた旅立つんだ、しっかり養生する事だ」
サラは荷物をベッドに降ろして、不機嫌そうなモーンに、にやっと笑って見せた。
そして、
「おい、忘れ物はないな?」
念の為、アリナに尋ねる。
この娘は忘れっぽくて、どこかへ出掛けてから、必ず一つや二つ足りない物に気付くのだった。
「今日は、大丈夫です」
にっこり笑って、彼女は自信たっぷりに答えた。
ちなみにアリナは、隣の部屋を借りている。流石に、男ばかりの部屋に女を入れる訳にもいかないからだ。
サラは男装している為、仕方無くモーン達と同じ部屋だった。別の部屋を借りてもよかったのだが、ダンドリアに着くまでは節約した方がいいと言ったのはサラ自身。
まさか、アリナと泊まる訳にもいかない。
モーンもレドルドも従者だ、さして抵抗もなかった。
余りそういうのに頓着しないのも、サラの性質である。
「――――それでは、参りましょうか」
アリナから完全無視状態のレドルド、健気にその不幸に耐えながら言う。
これでも彼は、激しい競争率を掻い潜って、トップで王宮騎士団入りした人物である。
当然、同期の者達からも一目置かれていた。
馬術にたけ、剣の腕も中々と言う強者。嫌な仕事を押し付けられたりもするが、なんやかんや言って先輩達からも可愛がられており、世に言う好人物なのだ。
期待の新人でもあるし、本来なら姫のお守りなどする必要もない人だった。
それなのに、こうして旅をする事になってしまった。それも、最も苦手としているサラと・・・・。
おまけに、サラと一緒だとどう見ても情け無い。
つくづく、不幸な奴である。
「そうだな、じゃあ行って来る」
サラは、モーンに向かって言った。
姫に付いて行きたくとも、こう足腰が痛くては動けない。お目付役でありながら、なんたる失態。
彼は、不貞腐れてベッドに横になっていた。
一同は、モーンの事などお構いなしに、ウキウキと部屋を出て行く。
誰もが、初めての町に心を浮き立たせているようだった。
と、一旦外に出たサラが、戸口から顔を覗かせる。
「モーン、眠ってるのもいいが、永遠に目覚めないって言う冗談は止めてくれよ。その場合、始末に困るからな」
高らかな笑いと共に、再びバタンと乱暴に扉が閉まった。
「まったく、年寄りを粗末にするお方だ」
勢いよく閉まった扉に向かって、老人は顔を真っ赤にして愚痴った。
二人のやりとりを聞いていたアリナ、宿を出てすぐに咎めるよう口を開く。
「ランドル様ったら、本当に口が悪いんですから」
「何が?」
言われたサラは、毎度の事ながら知ってて知らん顔をした。
「永遠に目覚めないなんて、縁起でもないですわ」
ああ、その事か。・・・・などど、今気付いたような顔で頷く。
「モーンには、あれぐらいの刺激がないと駄目なのさ。俺は、彼が惚けないように、労りを込めて言ってやってるんだぜ」
「まあ、本当にしょうのない人―――――」
と言うアリナの言葉の裏には、そういう所が結構好きなのよと、暗に仄めかしている節がある。
―――まいったなぁ。
鈍感ではないサラは、益々窮地に立たされて行くのだった。
取り敢えず、悪いと思いながら惚けるしかない。それこそ、サラが得意にしている事だ。
「――――やっぱり、賑やかな町と言えば、盛り場だよな。それから、賭博場」
話題をすり替える為、殊更軽薄な調子で言う。
「ラっ、ランドル様・・・・」
サラの横を歩いていたレドルドが、思わず足を止めて絶句した。
「ランドル様って、そういうのがお好きなのですか?」
サラを挟んで反対側に居たアリナも、大きな目を見開いた。
二人とも、全くそんな事は考えていなかったよう。
レドルドにしても、アリナにしても、あんまりに真面目過ぎる。
サラは、大いに不満を感じた。
まるで兄妹のように、揃って人の良いこの二人は、スリルを楽しむという茶目っ気が全くない。
少なくとも真面目な部類には入らないサラは、そんな二人にちょっとだけ窮屈さを感じていた。
「俺は、楽しいのが好きなんだ。酒を飲めば、楽しくなるだろ。それに博打ってのは、男のロマンだ。やっぱり長い人生、思い切った事が出来なきゃ本物じゃない」
――――わたくしは、男じゃないけど。
心の中で付け足す。
「しかしですね、そのような下賤の場に、あなた様が行かれると言うのは」
「とにかく、歩きながら話そうぜ。こんな場所で立ち止まってちゃ、時間の無駄ってもんだ」
サラに促され、唖然としていた二人も、一応足を踏み出した。
「ランドル様って、見掛けと違って随分男らしいのね」
ぽつりと呟くアリナの言葉に、レドルドは複雑な表情を作った。
それはそうだろう、ランドルの正体は姫君なのだ。
男らしいと言う言葉、素直に頷く訳にはいかない。
ましてや本当の男が隣に居ると言うのに、アリナは彼の男らしさに全く気付いてないとくる。
がっくりと肩を落とし、レドルドはとぼとぼと二人の後を付いて歩いた。
ところが日の光は、ようやく真上から西の空に傾き始めた所。勿論、酒場も賭博場も開いている筈がない。
仕方無くサラは、食事をしようと言う二人の提案を呑んだ。
「モーンに飢え死にされても、あんまり後味が良くないからな。取り敢えず、何か持って帰ってやろう。それから市をぶらぶらして、夜の町に繰り出すってのはどうだ?」
「気が進みませんが・・・・」
憮然と答えるレドルドの横で、
「私も、連れてって下さいますよね?」
と、甘えた声で言う。それから、すかさずサラの腕にまとわり付いて来た。
それを、軽くすりぬける。
「女は、駄目だ。盛り場ってのは、危険な場所だからな」
少し芝居じみた様子で、彼女はそう言った。
――――言ってみたかったのよね、一度。
女の癖にと散々言われ続けて来たのは、サラ自身だったのだ。
「そんな――――」
途端、アリナの必殺技が瞳に膨らむ。
「駄目だ、こればかりは泣いても駄目。ああいう場所には、狼が一杯いるんだからな。可愛い女の子が、うろうろする場所じゃないんだ」
と、
「心配してくれてるんですか?」
ぱっと彼女の表情が輝き出したので、サラはまたも頭を抱えた。
――――もしかして、墓穴を掘ったんだろうか?
「・・・・いや、そういう事はいいとして、ともかく君はモーンに付いていてあげてくれ。体が弱ってるから、色々と人の手が必要だろ。そういうのは、女の方が気が付くんだよ」
咄嗟に、その場をどうにか誤魔化そうとする。
「分かりました、ランドル様がそう言うなら・・・。ランドル様って、本当はお優しいんですね」
違う!
何故か益々勘違いをする彼女に、何故か恐れに近い気持ちを抱くサラだった。
――――早くなんとかしなければ、このままでは泥沼だ。
わたくしらしくもない。
心に決意を漲らせ、サラは取り敢えず食堂を目指した。
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