第一章 三、キーロッカの騒動 1
アリナを加えたサラ達一行は、次の宿場であるキーロッカの町を目指して進んでいた。
アリナは本当に旅馴れているようで、三日間歩き通しだと言うのに、全く元気なもの。見た目はひ弱そうなのだが、どうしてどうして、思ったより体力はあるようだった。
さて困った、これからどうしたものか、そんな事を考えていると、ふとサラの脳裏に父親の顔が浮かんだ。
今頃、お父様はどうしているのだろう?
ため息を吐きつつ、
「やっぱり、不味いんじゃない?お前達だって、お父様の話しを聞いたでしょ。この旅は、とても危険なんだって・・・・」
渋い顔でモーンの耳に囁くサラ。
これは遊びの旅ではないのだ。いつ何時、誰かに襲われないとも限らない。
どうせ疲れて途中で挫折すると踏んでいた彼女は、アリナが予想に反してしぶといと分かり、少しばかり焦っていた。
そのアリナは、レドルドと並んで少し前を歩いている。時折振り返っては、サラに可愛い笑みを送って来るのだ。
コホン。
横でモーンが一度咳払いした後、サラに向かって言った。
「ですが、我々が城から出たと知られれば、必ずや追手が来ましょうぞ。ならば、三人より四人の方が、敵の目を晦ませ易いと・・・・・・」
途端、サラの目がすっと細くなる。
「へぇー、城からの追手ねぇ。て事は、内部の争いか。お父様、わたくしには何も言わなかったのに・・・・」
サラの言葉で、モーンの顔がぴくりと引き吊った。
城で謀反の兆しがあった事は、サラには話していない。内緒にしていたのを、すっかり忘れていた。おまけに、サラは中々頭が切れる。
自分が過ちを犯したと気付き、モーンは思わず額を押さえた。
「・・・その、ですな。姫様――――」
「繕ったって、もう遅いわよ。馬鹿ね、わたくしだって、とっくの昔にそれぐらい勘付いてるわ。誰かが、お父様のワインに毒を盛った事もね・・・・。お父様は、まだわたくしを小さな子供と思っているようだけど」
「はあ・・・、姫様には敵いませんな」
情け無い声でモーン。
なるほど、だから姫様が何も尋ねて来なかった訳だ。知らない事があれば、何時もはしつこいこいくらいなのに・・・・・。
「つまり、わたくしを城の外に出したって事は、結構不味い状態よね。わたくしが城に居た方が危険なんだもの。その危険は、外で長旅をしながら味わうより、ずっと大きいって事でしょ?あのお父様が、追手が来ると知っていながら、わたくしをそんな旅に出すなんて、ちょっと考えられないもの」
完璧に読まれている。
モーンは、サラに返す言葉もなかった。
頭の回転が早く、剣の腕も立ち、おまけに毒舌。確かに世の情け無い男達が、彼女を敬遠するのも当然と言えば当然。
――――これで、また縁談が遠ざかる。
結婚が女の幸せと信じて疑っていないモーンは、姫を思うとつくづく哀れに感じてならないのだった。
「なんて顔してるの、潰れた蛙よりまだ酷いわよ。お前、まさかお父様がもしも・・、なんて考えてるんじゃないでしょうね。そう言うの、余計な心配って言うのよ。リドア様にお願いすれば、きっといいようにして下さるわ。どっちに転んだって、わたくし達にはそれしか出来ないんですもの・・・・」
モーンの沈んだ顔を、オーラントを慮ってと勘違いしたサラは、軽い調子で言いながら笑った。
「おまけに逆境に強く、余程の事がない限り泣き言も言わない。いや、泣いている姿など殆ど見た記憶もないぞ」
モーンは独り言を呟いて、また大きく溜め息を吐いた。
なんと、男らしい姫か。
これでは、男も必要なかろう。
彼の考えは、殆どやけくそ気味だった。
しばらく四人は、次の宿場までの長い道のりを黙々と歩いた。
広がる草原から、周囲の景色が森へと変わっていく。
鳥の甲高い囀り。時々小道を横切るリスやイタチに気を取られながら、彼らは割にゆったりとしたリズムで足を運んでいた。
「こういう旅も、中々良いものだな」
父と一緒に狩りに出た時以外、城から滅多に出た事のなかったサラは、時々足を止めては空を見上げ、不思議な鳴き声の主を探したりしていた。
「呑気なものですな。急がねば、日が沈む前に宿場まで着かぬと言うのに・・・・」
彼女が立ち止まる度、モーンが渋い顔で急かす。
「モーン、心の余裕がない奴は、全く可愛そうだな。自由を楽しむってのが、最大の贅沢だと俺は思うぜ。爺さんは頭まで干からびて、そういうゆとりさえないと見える。そのままじゃ、かちかちに固まってひび割れでも起こしちまうだろう」
「どうせ私は、口うるさい堅物でございます。しかしランドル様には、そういう黴の生えたじじいも必要なのでございますよ」
「―――ほう、珍しく開き直った。お前も、そんな芸当が出来るようになったか」
モーンに対してのサラの言葉は、常にからかい調だ。
瞳に、ちらりと好奇心を覗かしている。
ご老体も、ようやくこのゲームの面白味が分かったのかな?そういう期待が、どことなく窺わせられた。
「ランドル様に付き合っていれば、自然とそうなりますわい。全く、奥方様は、それは上品で慎ましやかな御方でしたのに・・・。貴方様も、多少は見習ってはいかがですか?」
たちまちサラの面には、不機嫌な色が広がった。母親の話は、反則なのだ。
「爺は詰まらん奴だ」
憮然と言い、すたすた先に歩き出す。彼女はレドルド達をも追越し、一人足を早めた。
「――――まっ、待って下さい」
その後をあたふたと追う三人。
・・・さて、少し後ろから、その様子をじっと窺っていた人物がいた。
その人物は、彼女達の姿が遠くなると、木陰から道に現れて小さく呟く。
「――――さてと、どうしたものか・・・・・・」
薄汚れた綿のシャツとズボン、それに着古した革のベストといった出で立ち。
男は長い体を木の幹に寄せ、にやりとニヒルな笑みを浮かべた。
黒髪はぼさぼさ、濃い不精髭を伸ばし、全体的にかなりだらしない感じだ。
眉も目もつり上がった、野性の獣を思わせる風貌。
――――しかし、髪と同じ色の瞳は、鋭いが生き生きと輝いており、彼自身がそこに映し出されているようでもあった。
「まっ、どうにかなるさ」
男は、今度は割に大きな声で言って、静かに四人の後を追い出したのだった。
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