第一章 二、術者の娘 2

 「どうだ、見よう見まねでやってみたが、中々うまくいったじゃないか。初めてにしては上出来だ。もしかしたら、女たらしの才があるのかもしれない。かと言って、シャークのように悪党じゃないぜ。こっちは、決して女を好きにならないのだからな。捨てる捨てないなんて、問題を起こす事もない」

 後でこっそり二人に耳打ちし、サラは愉快そうに笑った。


 これほどにないと言うほど渋い顔を作ったモーンが、得意になっているサラに釘を刺す。

 「あなた様がたとえ男ではないからと言って、故意に遊び心で女性にあのような言葉をかけるものではありませんぞ。あれでは、色事師と変わりないではありませぬか。女を騙して寝倉を得ようなど、私は少しも思いませぬ・・・・」


 しかし彼女は、そんなモーンを笑い飛ばして、全く気にした様子もない。

 「騙したなど、人聞きの悪い。娘が是非にと言ってくれたから、ここにこうしているんだぜ。それに、言った事だって嘘じゃない。あの娘はなかなか可愛かったし、泊めてくれなきゃ他をあたるしかないだろ。それどころか、俺は断ったんだ。お前も見てたじゃないか」

 サラは、すっかり庭師の息子の喋り方を気に入ってしまったよう。


 なんと下品な言葉を使うのかと、モーンは腹立たしく思ったが、堪えて穏やかにそれでいて皮肉を込めて言った。

 「確かに、見事なお手並みでした。あなたが男なら、きっとシャーク殿以上の浮名を流していた事でしょう・・・・・」

 それを褒め言葉と思ったのか、彼女は手を叩いて喜んでいた。

 モーンは顔を顰め、深々と溜め息を吐いた。


 レドルドの方と言えば、全く上の空と言う感じで、黙って暖炉の前で体を温めている。

 そんな三人の前を、娘が軽やかに通り過ぎて行く。


 「さあ、食事の用意もできました。皆様どうぞ、どんどん食べて下さいな」

 娘は、テーブルに御馳走を並べながら、歌うように言った。


 初めの印象とは違って、やっと成人したばかりの若い娘だった。

 父を亡くしたばかりで、毎日不安な日々を送っているそうだ。

 そのせいであのような冷たい対応をしたのだと、はにかみながら言う姿がまた可愛らしかった。


 レドルドの気持ちが地に着かない原因は、まさしくこの娘のせいに外ならなかった。

 彼は、すっかりこの娘に恋心を抱いてしまっていたのだ。


 しかし娘は、サラの化けたランドルに向かって、崇拝したような眼差しを送っている。

 なんとも複雑な心境・・・・・・。


 「お嬢さん、名前は何と言うんだ?」

 食事の席についてしばらく後、チキンにハーブを詰めて焼いたものを一口に切り分けながら、サラは挨拶のつもりで尋ねた。


 しかし、娘の瞳がぱっと輝くのを見て、奇妙な気持ちになる。

 ――――まさか本気じゃないでしょうね?

 なんとも言えない不快感が、胸の奥に広がった。


 わがままで口が悪いが、根は意地悪でない彼女は、自分がした事がいい事ではなかったと、すぐに分かったのだ。

 娘は若い分純粋だった。

 浮ついてもいない。


 ―――――仕方ないわよ、男装してるんだから。勘違いさせたのは悪いと思うけど、この娘だってすぐに忘れてしまうでしょうよ。明日旅立てば、二度と会う事なんかない訳だし・・・・・。


 サラは、心の中で自分に言い聞かせた。


 「私は、アリナと言います。たいしたものではないのですが、薬を作って売っています」

 「ほほう、薬を――――。薬売りなら、何故ジェルマの都へ出ないのだ?こんな寂しい場所では、薬は売れないであろう・・・・」


 サラの顔に後悔の色が浮かんだのを見て、モーンは機嫌がよくなったようだ。にこにこ笑いながら、アリナに向かって尋ねる。


 「・・・・・街には、出られないのです」

逆に娘は沈んだ声になって、憂いを帯びた顔つきとなった。

 「どうしたのだ?何かありそうだの。訳を話してみてはどうか?」

 近頃珍しいくらい気立てがいいアリナを気に入って、モーンも何時にないくらい優しく問い掛けた。


 アリナは、少し躊躇して俯いていたが、思い切ったように口を開いた。

 「はい、私の家は、昔この国の王のお抱えの薬師の家系でした。薬師と言っても、ちょっと普通とは意味合いの違うものなのですが・・・・」


 「違うと言うと?」

 彼女は、また考え込んだが、一度話し出した事を止める訳にはいかないと思ったようで、今度はきちんと前を見た。


 「術師を御存知ですか?――――私の家系は、そうした怪しげな血筋の者なのです。と言っても物語のように呪文を唱えたりするのではなく、薬を用いて色々な事をするのです。占いをしたり、薬で人を眠らしたり、又活力を与えたり、色々本人が喋りたくない事まで喋らしたりと、人の為になるものから恐ろしいものまで・・・・・。 そうした秘薬の作り方を、代々受け継いでいます。 ―――――ところが、私の祖父に代が替わった時、誰かに陥れられて王をたばかったとう汚名をきせられたのです。祖父は、新しい秘薬を作る為に研究をしていました。その薬が暗殺に使う為の毒薬だと広まって、一族は総て追放処分になってしまったのです。先王もオーラント王のように慈悲深い方でしたので、本来なら処刑と言い渡されても仕方ないと覚悟していた所を、追放だけで済まされました。・・・・・しかし、一族は離散、王に忠誠を誓っていた祖父だけがこの地に留まり、お咎めを覚悟でひっそりと生活していたのです。・・・・と、父から何時も聞いていました。でも祖父は、決して王を裏切るような行為はしていません。本当です!」



 「信じます」

 必死に訴えるアリナを見つめ、レドルドは誠意の籠もった言葉で言った。

 彼の茶色の瞳が、熱くアリナに注がれる。


 「きっと、疑いは晴れるでしょう。アリナさん、気をしっかりと持って下さい!」

 「はい、私の占いでもそう出ています。私は、そうなる事を信じているのです」


 「素晴らしい!そうですとも、信じれば願いは叶います!」

 レドルドも、ぶんぶんと首を振って頷いた。


 サラは、やたら盛り上がっているレドルドを見て、呆れたように溜め息を吐く。

 それをどう思ったのか、アリナが占いをして見せようと言い出した。


 「お食事が終わったら、あなた様の事を占ってさしあげましょう」

 「・・・・いっ、いや、俺はいい。どうも、そう言うものは苦手でね」


 神を信じていないどころか、この世の全ての神秘を信じていないサラ、アリナの好意も胡散臭そうな顔で断った。

 たちまちシュンとなった彼女を庇うように、レドルドが勢い込んで言う。


 「ランドル様、そのような事を申されず、どうぞ占ってもらってはいかがですか?術師の家系の者なら、きっとよく当たるに違いありません」

 「そうですぞ、是非そうして貰うべきです。城の術師の噂は、私もよく知っております。あなた様のこれからにも、大きな役にたつ事でしょう」


 モーンまでも、そんな事を言う。

 二人がかりで勧められては、さすがのサラも嫌とは言えない。ことにアリナが、断れば今にも泣き出しそうだったのだ。


 ―――――泣かれるのには弱い。


 仕方なく頷くと、食事が終わって早々、彼女は素早く占いの準備を始めた。

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